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●ゴルチャコフ

NIS諸国 ロシア連邦 AD1798 ロシア帝国

 1798〜1883 ロシアの外交官。1817年プーシキンとともに学習院卒業後,1824年外交官生活に入る。1850年全権大使としてドイツ連邦会議に出席,ビスマルクと親交を結ぶ。1854〜1855年駐オーストリア大使,1856年以後は外相,バルカン問題に専心,1856〜1863年はフランスに,1863年以降はプロシアに接近,1867年宰相,クリミア戦争後のパリ条約の黒海艦隊・要塞保持禁止条項廃止をめざし「ゴルチャコフ回章」を発し,1871年ロンドン条約において,その目的を達した。1877〜1878年の露土戦争後のサン=ステファノ条約で獲得したバルカンにおける優位を,1878年6月のベルリン会議でくつがえされ,憤慨発病,1879年事実上退職。1882年公式辞職,翌年バーデン温泉場で没。