●ゴルギアス
ヨーロッパ ギリシャ共和国 AD
古代ギリシアの高名なソフィスト・弁論家。シシリー島のレオンティノイの人。生年について諸説は一致しないが,前490年ごろとする。死んだときは100歳を超えていた。弁論家としての名が広まったのは,前427年,祖国の救援を求める外交使節としてアテネを訪れ,その雄弁によってアテネ市民を説得するのに成功してからのことである。前423年の政変以後,ギリシア本土に亡命し,テッサリアのラリサで弁論家として活動していたようである。アテナイにも何度か滞在し,弁論術を教えている。彼の弁論は文体に技巧をこらしたものだった。自らは弁論家・弁論術の教師と称し,ソフィストと呼ばれることを拒否したようだが,実質的にソフィスト,徳の教師の一人とみなされている。弁論家は真実の正邪善悪を知る必要はなく,真実らしく語ること,説得的に語ることこそ必要であると主張する。有名な〈何ものもあらぬ。何ものかがあるにしても,認識され得ない。何ものかが認識されても,他の人に伝えることはできない〉という主旨の議論は,彼自身のニヒリズムの主張ではなく,エレア派の学問にも通じていた彼が,弁論の演技として示したものと解される。弟子たちにこういう議論を模範として暗記させるという教育法をとっていたようである。