●ゴルコンダ王国 ゴルコンダおうこく
アジア インド AD
デカン高原東部を支配した王国。インド中世のデカンにできたバフマニー王国の弱体化に伴って,デカンにムスリム五王国が,15世紀末から16世紀初めにかけて成立した。西部デカンのアーディル=シャーヒー朝(ビージャープル王国)・アフマドナガルのニザーム=シャーヒー朝・ベラールのイマード=シャーヒー朝・ビーダルのバリード=シャートー朝がそれである。これら五王国のうちビージャープルとゴルコンダの二王国を除いて,ほかは,この二王国に分割・併合されるか,または北からのムガル帝国に併合され,17世紀前半までに消えた。バフマニー王国時代末期,デカン西部のテレンガナ州総督であった,ターリー=クトゥブ=シャーは,1512年,ゴルコンダを都にして独立した。ゴルコンダ王国は,ビータリ王国を,ビージャープルとともに分割・併合し,デカン一帯に勢力を拡大していった。また,南に向かっては,ヴィジャヤナガル王国の崩壊後の,南部デカン各地の領主・小王国を併合していった。しかし,一方,17世紀に入ると,絶えず北から強大なムガル帝国におびやかされることとなり,さらに東部デカンのビージャープルとは対立をつづける歴史を繰り返した。中心都市のゴルコンダは,城砦都市で,狭く,水の便も悪かったため,1589年,第5代のムハンマド=クーリー=クトゥブ=シャーの時代,大河クリシュナ河の支流ムースィー河のほとりに,ハイデラーバード(獅子の町の意味)を築いた。今日まで続くこの都市はバーグ=ナガル(「庭園の町」の意味?)とも呼ばれる美しい都市である。ゴルコンダ王国は,1636年,シャー=ジャハーン時代ムガル軍の攻撃を受け,ムガルの至上権を認めたがなお独立を保っていた。第7代目の君主アブドゥッラー=クトゥブ=シャー(在位1626〜1672)はあまり有能でなく,彼の死後1687年,ムガル帝国に併合され滅びた。