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●コムーネ

ヨーロッパ イタリア共和国 AD 

 このことばは現在ではイタリアの自治体を示す。コムーネの基本的構成要素は領域・人口・法制度から成る。イタリアには8,083のコムーネが存在し,平均一コムーネ当り37.3平方km,7,052人(1979推計)になる。歴史上問題となるコムーネは都市住民間に任意にできた人格的誓約団体が徐々に領域的なものに発展し,上級の権威者(フランスでは国王,イタリアでは皇帝)から自治特権の承認を得て,1000年以後ヨーロッパに登場した都市の統治形態を示す。とりわけイタリアでは,コムーネは“上位者を認めない都市”である,と14世紀の法学者バルトロ=ダ=サッソフェラートが規定しているごとく,都市国家と呼ぶにふさわしい真の独立状態を達成していた。民族大移動後のヨーロッパの混乱をシャルルマーニュが統一したかに見えたが,ノルマンやマジャールなどの新たな民族移動と内乱状態を招き,以後二度とヨーロッパは統一されることはない。国王という強力な君主が上から秩序体系をつくるか地域住民がまとまって下から秩序体系を積み上げていくか,こうした新たな危機に対処する二つの方向でヨーロッパの各地の基盤が形成された。イタリアではイギリスやフランスと違い皇帝がアルプス以北にいたため,上からの保護が不完全で,地方段階で危機への対応努力が行われ,各地で都市・領主層・農村村落による要塞化が進展し,1200年までに都市コムーネと農村コムーネが形成された。この都市コムーネが地域の領主の要塞や農村コムーネをその領域支配のなかに収斂していくかたちで秩序体系がつくり出された。都市は1080〜1120年のあいだに各地に形成され,その形成は自治を願う住民層(イタリアでは領主層も含む)により創造された新しい歴史的事実ではあるが,必ずしも明確な社会転換や自由と平等を保障する革命的事実を示していない。一般にイタリアの都市コムーネは次の五つの形態変化をとげる。[1]司教コムーネ 司教と都市住民(誓約した仲間団体的コムーネ)とが一体となってつくり出す都市世界。司教は都市領主的立場にあるが,流血裁判権を自らが行使し得ない限界があり,また聖職叙任権闘争(1077〜1122)をへて,世俗支配権を都市住民に移譲していった。[2]コンスル制コムーネ コンスルの初出は1080年代で,1120年代には多くの都市に定着していた。コンスルとは都市を指導または支配することを意味し,上述の都市領主たる司教から独立した政府機関をつくったがゆえに,コンスル制は都市成立の一つの基準とされている。コンスルは市街区(大都市では階層)の数に対応した人数から成る。たとえば市街区が四つある場合には各区3人選出された12人のメンバーから構成され,任期は1〜5年のあいだで,よく先任者が後任を選んだ。貴族層から多く選出された。その権限は議会から制約され,また市民の慣習法にもとづく調停者といった役どころで,党派・門閥争いの激しいところや,拡大・発展をとげようとする都市には不十分な機関であった。[3]ポデスタ制コムーネ 12世紀中ごろ始まり,1210年ごろ恒常的制度となる。ポデスタとは権力を意味し,この唯一者が都市の最高の裁判権・執行権をもち,市庁舎役人の長であり,議会の議長を務め,警察権・軍事権を掌握した。法知識のある他市の貴族が招請され,任期は半年または1年で,任期後監査を受けた。ポデスタは相当数の騎士と司法官を自前で連れてきて都市の平和を保障しなくてはならなかった。[4]ポポロ制コムーネ 13世紀後半都市内の党派争いはおさまらず,商人・手工業者組合によるポポロ政権が生まれ,ポポロの指導者であるプリオーリやカピターノ=デル=ポポロが都市のヘゲモニーを握って,反豪族立法農奴解放令を公布した。党派争いは止まず,同じく13世紀後半にはこれまで述べてきた共和制的統治形態を形式的に維持しつつも,主権が僣主的有力名家に実質的に握られていく。[5]シニョーリア段階に移り始める。少なくとも「権力が共同体(議会)から派生する」といったコムーネ的特徴を失いつつあった。[1]から[5]まで順次変化するさいには,旧制度を廃止して新制度をつくるのではなく,新しい制度を古い制度の上に積み上げるかたちをとり,両権力構造が並存する場合が多い(国工)。これがイタリアコムーネの特色である。また[2]から[5]への変化はシュタウフェン家の帝国支配の下降と対応している。コムーネの支配圏のひろがりつまり[1]から[5]への変化はおよそ国立のそれに対応している。領域拡大の速度は北イタリアはミラノ市などのごとく,急激に行われ,中部イタリアはゆっくり進展した。上記の範疇にはヴェネツィアや南イタリアの諸都市は含まれない。

〔参考文献〕ウェーバー,世良晃志郎訳『都市の類型学』1965,創文社

ウェーリー,森田鉄郎訳『イタリア都市国家』1971,平凡社

オットカール,清水・佐藤訳『中世の都市コムーネ』1972,創文社

清水廣一郎『イタリア中世都市国家研究』1975