●護民官 ごみんかん
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護民官創設の年代・定員など,成立事情については不明な点が多い。伝承によれば前5世紀初めプレブス(平民)とパトリキ(貴族)の身分闘争によってプレブスの権利を擁護するために設けられた。前449年までには毎年10人選出され任期1年となった。その身体は神聖不可侵とされ,プレブスの生命財産を守ることを目的とした。平民会を召集し議長をつとめ,政務官の行政・選挙・立法あるいは元老院の決定に対し拒否権の行使・干渉をすることができた。前287年ホルテンシウス法によって平民会議決が国法としての拘束力をもつようになり,護民官の権限は重要となった。しかし護民官は同僚の行為を拒否権によって阻止できたので護民官の一人を買収してその権能を阻止することもできた。グラックス兄弟は護民官職に就任し改革をはかった。アウグストゥスは終身の護民官職権を与えられた。護民官は帝政末期にも官職としては存続したが本来の機能は失った。