●小堀遠州 こぼりえんしゅう
アジア 日本 AD1579 室町時代
1579〜1647(天正7〜正保4) 江戸時代初期の武将・茶人。名は政一(まさかず),宗甫・孤篷庵(こほうあん)と号す。千利休・古田織部とともに三大茶人と称される。近江国坂田郡小堀に生まれ,豊臣秀吉に小姓として仕えたが,のち徳川家康・秀忠・家光に作事奉行として仕え,仙洞御所・二条城などの造営にあたった。1604年(慶長9)に備中国松山で父正次の遺領のうち1万2千余石を継ぐ。1608年に従五位下遠江守に任官し,以後“遠州”と号した。大徳寺春屋宗園に禅を修め,大有の号を受ける。古田織部に茶を学び,織部切腹のあと将軍家茶道指南となり,遠州流の祖となった。古陶に古歌にちなんだ銘をつけた茶器“中興名物”を選定し,また遠州七窯(しちよう)を開いて「綺麗さび」と称される茶器を自ら製作。数寄屋建築・造庭にも優れた才能をもち,大徳寺孤篷庵の忘釜,南禅寺金池院八窓の席など,多くの茶席・庭園を残している。