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●後北条氏 ごほうじょうし

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 北条早雲から始まる戦国大名北条氏五代を,鎌倉時代の執権北条氏と区別してとくに後北条氏と呼んでいる。初代早雲が1491年(延徳3,一説に1493年)に伊豆の堀越御所を攻め,堀越公方を滅ぼして戦国大名として自立し,二代氏綱をへて,三代氏康のときに武蔵にまで進出し,山内上杉氏扇谷上杉氏を圧倒して関東の雄となった。四代氏政・五代氏直の代にさらに版図を拡大し,伊豆・相模・武蔵・上総・下総・安房の6カ国と上野・下野・常陸の一部を領国とした。相模の小田原城を本拠としたため,小田原北条氏とも呼ばれている。初代早雲のいわゆる「四公六民」政策を初め,三代氏康の税制改革など,領国支配にも見るべき業績を残し,戦国大名の典型例の一つとされている。1590年(天正18),豊臣秀吉小田原征伐によって戦国大名としての後北条氏は滅亡した。なお,家名は氏政の弟氏規の系統に引き継がれ,江戸時代,狭山藩北条氏として存続した。