●コペルニクス
ヨーロッパ ポーランド共和国 AD1473 ヤギエウォ朝
1473〜1543 ポーランドの天文学者。クラクフ大学卒業後,1496年イタリアに留学,古代ギリシアの人アリスタルコスの唱えた太陽中心説(地動説)を知り,帰国後その定量的解明につとめ,地動説のコペルニクス体系といわれるものを確立した。それまでの,静止した地球を中心とした諸天球からなる宇宙体系では説明が困難であった惑星の不規則な視運動を,コペルニクス説では容易に説明することができた。コペルニクスは惑星運動の軌道が真円であると考えていたために,周転円という古い天文学の仮定をその体系内に残していた。この問題はケプラーが,楕円軌道を想定することで解決した。宗教人でもあったコペルニクスは,自説が教会から異端教説とみなされることを怖れ,公表を控え,ただ手稿の形で知人のあいだに回覧していたが,晩年の1543年,『諸天体の回転』が出版され,コペルニクス説はヨーロッパで熱狂的に迎え入れられ,宇宙観の革命をもたらした。
![]()