●小早川隆景 こばやかわたかかげ
アジア 日本 AD1533 室町時代
1533〜1597(天文2〜慶長2) 戦国〜安土桃山期の武将。毛利元就の三男。幼名徳寿丸。12歳で安芸国沼田(ぬまた)荘の小早川氏を継ぐ。兄の吉川元春(元就の二男)とともに毛利両川(もうりりょうせん)といわれ父元就を助け,元就の没後は甥の輝元を助けて中国経略に尽力。備後国三原を拠点とし瀬戸内海に強力な水軍を編制した。1582年(天正10)豊臣秀吉の備中高松城包囲にさいしては元春とともに対陣したが,本能寺の変後の講和に尽力。1585年(天正13)根来(ねごろ)・雑賀(さいが)一揆がおこったとき秀吉のために出兵しその信任をうけ,のち四国・九州平定に従軍。1585年には伊予一国を与えられている。1590年(天正18)の小田原合戦にさいしては尾張清洲城を守備し,また1592年(文禄1)の文禄の役では各地を転戦し碧蹄館(へきていかん)に明の大軍を破った。1595年(文禄4)には秀吉の五大老として重用されたが病気となり辞し,養子秀秋に家督を譲って三原に隠退した。