●呉佩孚 ごはいふ
アジア 中華人民共和国 AD1872 清
1872〜1939 中華民国時代の直隷派軍閥の巨頭。字は子玉。山東省蓬莱県の雑貨商の家に生まれる。清の末からソウコン※注1※に認められて,その部下として昇進した。1920年には,安徽派を破って安直戦争に大勝し,その名をあげる。戦後,直隷・山東・河南の三省巡閲使になったソウコン※注1※の副官をつとめ,ついで両湖巡閲使となる。1922年,張作霖と北京政府の支配権争いから起した第一奉直戦争で勝利をおさめたが,1924年の第二奉直戦争で敗れ,天津から漢口に逃れ,湖南督軍に身を寄せて再挙をはかる。1925年,浙江の軍閥の孫伝芳が反奉戦争を起すと,呉佩孚は漢口で旗を挙げ張作霖と手を結んだが,1928年に張作霖が蒋介石の北伐軍と戦って敗れ日本軍によって爆殺されると,四川に逃れて隠棲した。1932年,張学良に迎えられて北京に移り住んだが,その後もこれといった活動をすることなく,1939年に66歳で没した。
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