●ゴットヴァルト
ヨーロッパ チェコ共和国・スロバキア共和国 AD1896 オーストリア=ハンガリー帝国
1896〜1953 チェコスロヴァキアの政治家。モラヴィアのデディツェの小農の家に生まれ,指物師の徒弟となり,青年期から社会主義運動に加わった。第一次世界大戦後社会民主党に加入し,1921年の共産党の結成に参加し,1922〜25年に党の機関紙主筆,1925〜29年に党宣伝扇動部長をつとめ,1929年に党書記長に選出された。1928年からコミンテルン執行委員を兼ね,1939年に同国がドイツによって分割されるとソ連に亡命,コミンテルンで活躍した。解放後の1945年に帰国し,ベネシュ大統領のもとで国民戦線政府に副首相として入閣,1946年の総選挙で共産党が勝利したのち首相に就任した。1948年2月に共産党の強引な内務省人事に端を発する“二月事件”が発生。6月にベネシュ大統領は辞任し,ゴットヴァルトがそれに代わった。その後スターリンの路線を忠実に遂行したが,1953年3月のスターリンの葬儀に参列し,帰国直後に病死した。1962年にその“個人崇拝”の誤りを強く批判された。