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●胡宗憲 こそうけん

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国,明嘉靖年間(1522〜66)のいわゆる後期倭寇の平定に功のあった武将。生没年不明。績渓(安徽)の人。字は汝貞。諡は襄懋。1538年(嘉靖17)進士,益都(山東)・余姚(浙江)の知県を歴任。1554年(嘉靖33),倭寇が激しかった浙江に御史として派遣されて以来,連年,倭寇の平定につとめ,数多くの功を立て,のち,兵部右侍郎右都御史となり,太子太保を加えられた。平素より取り入った権臣の厳崇の死後,弾劾され,獄中で病死した。萬暦年間(1573〜1619)初め名誉回復された。彼の功績のなかでも,日本との深い関係をもつ密貿易の魁首の汪(王)直を策謀を用いて投降させたのはとくに有名である。彼とともに倭寇平定に活躍したシュガン※注1※・戚継光・兪大猷らのなかで,胡宗憲は「権術多く,功名を喜ぶ」といわれ,歴史上の評判は必ずしもよくない。しかし,倭寇平定の功績そのものは戚継光と並んで最もたたえられる。著書に『籌海図編』13巻があり,明代の倭寇研究の重要史料となっている。

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