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●瞽女 ごぜ

アジア 日本 AD 

 盲目の女性遊芸人。“盲御前”の敬称の訛ったもの。『看聞御記』の1418年(応永25)8月17日の条に〈夜盲女両人(愛寿菊寿)参,愛寿日来も参,菊寿初参(愛寿弟子云々),召前施芸能〉とみえる。『七十一番職人尺歌合』にも見えるように,古くは鼓を打って『曽我物語』などを語ったという。近世に入ると巫道からは離れて三味線を用いて遊芸するようになり,瞽女は面目を改めた。近世諸藩では身体障害者の自活の道を開くため城下町に瞽女屋敷を与え保護したところが駿府・信州松本・飯田・越後長岡などにみられる。瞽女仲間の全国組織はなかったが,地域ごとに仲間を組んでいて,縁起・式目などを伝えるところも多い。瞽女の職能の継承は徒弟の形態をとり,仲間や弟子に対する規制を厳しく行った。師弟相連れて村々を巡遊し,昼は門付け,夜は瞽女宿で人々を楽しませた。村人には瞽女に信仰的機能を強く期待する面もあった。〔参考文献〕佐久間惇一『瞽女の民俗』1983,岩崎美術社

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