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●コスモポリタニズム

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 人類をすべて平等なものとみなし,したがって,全人類を同胞と考え,世界を家郷とみる立場をいう。Cosmos(宇宙)とPolis(都市,国家)が結びついてできた語で,世界主義・世界同胞主義世界市民主義などと訳される。世界観として,何ものにもとらわれずに自由に生活する立場と,人種や宗教などによる区別を排し,窮極的には世界国家の樹立をめざす運動とに大別することができる。

【ヘレニズム時代】アリストテレスは人間をポリス的存在としたが,ギリシア人はポリスをもって,現実の生活の基礎としていた。ポリス的生活から遠ざかっていたことによって,古代ギリシアの衰退が始まり,アレクサンドロス大王によって統一され,それはやがてインダス川にまで及ぶ大帝国の出現となって,形の上ではギリシア風でありながら,精神においては異ったヘレニズム文化が出現してきた。それまでポリスという共同体のみを拠りどころとしていた市民は,一面では個人主義に走るが,一方では世界市民的になっていった。すでに,小ソクラテス派の一つであるキニク(キュニコス)派では,ディオゲネスの生活にみられるように,偏見や因習に捕われない生活を説いたが,ゼノンによって創立され,ヘレニズム時代からローマ時代にかけて,日常道徳を教えたストア学派において,人間一般のあり方がもっとも明確な形で示された。それによれば,すべての人間は理性をもち,理性によって自然の法則・理性を洞察しうるのであるから平等であり,貴賎や民族を超えて,また特定の国家による束縛を脱して,世界主義的でなければならないとした。【キリスト教の影響】キリスト教はユダヤ教のもっていた,ユダヤ人のみの救済を目的とする選民思想を超克し,神の前における全人類の平等を説いた。この点において,コスモポリタニズムの思想を一段と深めたということができる。それは宗教的世界主義とでもいうべきもので,この思想との関連において,民族や世俗国家を越えた神聖ローマ帝国が出現したといえる。しかし現実には,教皇を頂点とするピラミッド型の教会制度がとられたし,他の宗教を異教として退け,異教徒の名において,ヨーロッパ人以外とのあいだに価値観的な一線をしいたし,異説をとる異端に対しても差別した。この角度からみれば,キリスト教的コスモポリタニズムは限界をもっていたことは明らかであるが,神という絶対者との関係においては,すべての人間が等しい存在にあり,地上の国に対する神の国という普遍的存在を思考した点で,コスモポリタニズムを深化した。

啓蒙思想の考察】啓蒙思想の実体はさまざまであるが,すでにカントは統制的原理を主張し,普遍的人間の共同体理念として,一種のコスモポリタニズムを説いた。一般的にいって,啓蒙主義者は理性の進歩を信じ,ここから文明の多様性に目をつけ,ヨーロッパ第1主義から脱する努力をした。それはキリスト教的ヨーロッパ主義を脱皮する上で貢献したものということができる。

【世界国家】コスモポリタニズムは現存の国家を好意的にはとらえないから,国家主義,民族主義と対立的とするのが普通で,世界国家を思考することに通ずる。世界国家の思想には,現存の国家が解体されて,新しく世界国家を形成するとするものと,現存の国家は基本的に存続し,その統合を進めるものとに大別することができる。サン=ピエールの永久平和草案やカントの永久平和論に示された世界国家論は後者で,一種の世界共和国思想と呼べるものである。国際連盟や国際連合はこの思想と無関係でない。一方,国際法の存在を前提として,世界国家を設立してナショナリズムを消滅させるべきとする考え方はC.ヴォルフらにみられ,それは自然法に規律される世界公民を想定している。また19世紀以後になると,社会主義思想にもとづき,まず労働者による世界国家を実現させるべきだとの思想が現れてくる。この思想は世界危機と関連をもつ。