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●ゴースト=ダンス

北アメリカ アメリカ合衆国 AD 

 幽霊踊り。アメリカインディアンのあいだで行われた死者復活・伝統的生活の回復のために踊る信仰。19世紀後半,白人のインディアン征服の過程で発生する。これは外来文化によって伝統文化が失われようとするとき,伝統文化の維持,以前の生活様式の復活を信じて行われる土着主義運動の一例である。そこには外来文化であるキリスト教の影響もみられ,外来文化と伝統文化の新融合形態がうみ出されている。そして一人の預言者の啓示によって,混乱した社会を救うべく,伝統文化にもとづく秩序の再編成,精神的および物質的救済が唱えられたのである。またゴースト=ダンスは,それまで各部族ごと独立的であったインディアンのあいだに,白人との対抗関係を通じて“インディアン”の意識を強調し,彼らの千年王国の実現をかかげた点もみのがすことはできない。

【1870年のゴースト=ダンス】1869年,ネバダのパイユート族は,経済的困窮と病気の蔓延に苦しんでいたが,預言者ウォジウォッブが,現世の消滅,白人の退散,死亡した親類の復活,インディアンの土地と自由の回復が,踊ることによって実現するとして,ゴースト=ダンスを始めた。この踊りは,わずかのあいだに南オレゴンと北カリフォルニアのほとんどのインディアン諸部族にひろがった。しかし死者の復活を恐れる北カリフォルニアのいくつかの部族,また白人に対抗しうる力をもち,彼らの重要な狩猟物であるバイソン(野牛)を豊富にもつ平原インディアンは,この踊りに参加することはなかった。その後,インディアンの保留地への強制収容や白人との戦闘の敗北により,1873年にはこのゴースト=ダンスは消滅してしまった。

【1890年のゴースト=ダンス】1888年末,パイユート族の有能な呪医ウォヴォカ(別名ジャック=ウィルソン)が重病にかかり,さらに1898年1月1日に日蝕がおこり,インディアンが不安におびえているそのとき,ウォヴォカは昏睡状態におちいり,霊的世界をさまよい,そこで〈大いなる霊〉より啓示を受けた。それは〈今の世はまもなく終わり,すべてのインディアンによってすばらしい新しい世がやってくる。死んだ友人や親類はよみがえり,バイソンと野生馬ももどってくる。白人達は消え,昔の穏やかな日々が復活する。そのためにはまず,パイユート族は儀礼の歌と踊りに熟達せねばならない。この踊りを踊るインディアンのみがやがてくる天地異変に生きのこる〉という内容であった。またウォヴォカは〈神がキリストを地上につかわしたが,白人がキリストを虐待したためキリストは天国へ帰り,いまキリストはインディアンの姿(つまりウォヴォカ)で地上に降り,地上をさらによい所にしようとしている〉と述べている。このように,ゴースト=ダンスは,インディアンが伝統的にもつシャーマニズム,踊りとキリスト教のキリスト降臨,千年王国の思想などが融合しておこった信仰である。こうして,ウォヴォカは訪ねてくる他部族にもこの踊りを教え,各部族でひろめてゆくよう指示した。またたくまに,西部の諸部族から平原部族,さらには東部森林部族にまでゴースト=ダンスはひろがった。とくに大平原にいたスー族では熱狂的に受け入れられた。スー族の状況は1870年のときとは異なり,多くの土地を白人に奪われ,ひきかえに約束された食糧の支給もとだえがちであった。バイソンは白人によってほとんど消滅させられ,これに加えて天候不順と病気の蔓延はスー族の社会を非常な不安におとし入れていた。そこで,男も女も子供までも,きたるインディアンの平和な未来のために踊り狂い,多くの者がトランス状態の中で死者とめぐりあったのである。彼らは夜明けから日没まで踊り狂い,他の社会活動はほとんど停止してしまうほどであった。この信仰は非暴力的なものであったが,官憲はこれを“有害な宗教”とみなして取り締まろうとし,ついに1890年末軍隊を出動させ,ウォンディド=ニーでスー族の大虐殺を行った。これによりゴースト=ダンスは消滅し,さらにインディアンの組織的抵抗も終りを告げたのである。

〔参考文献〕ブラウン,鈴木主税訳『わが魂を聖地に埋めよ』上・下1972,草思社

ナイハルト,弥永健一訳『ブラック・エルクは語る』現代教養文庫,1977,社会思想社