●古浄瑠璃 こじょうるり
アジア 日本 AD
竹本義太夫が近松門左衛門と提携して,竹本座において「出世景清」で大当たりをとり,浄瑠璃界に義太夫節をもって不動の地位を得たのが1686年(貞享3)のことであった。これ以降の浄瑠璃を当流浄瑠璃,または新浄瑠璃と称したのに対して,これ以前の浄瑠璃をさして古浄瑠璃という。浄瑠璃は,室町時代に謡曲,平曲等を母体として,民衆のあいだに広く流行した琵琶・扇拍子等を用いた語り物である。創始期の代表的なものに,牛若丸が東下りの途上で三河国矢矧の長者の娘“浄瑠璃姫”と出会っての恋愛を題材とした「十二段草子(別名浄瑠璃姫物語)」があり,ここからその呼び名が出たものである。のちに三味線および人形芝居と結合して人形浄瑠璃として発展していくのであるが,創草期のものには戯曲的には未熟な部分が多かった。題材は種類が乏しく,幸若舞やお伽草子から採用されたものも多く興味本位の筋の運びが主であり,人物の性格・心理の描写はきわめて少ないのが特徴である。