●互市 ごし
アジア 中華人民共和国 AD
中国陸上貿易をいう。とくに北方民族との貿易をいう場合が多い。なお,海上貿易の場合は互市舶もしくは市舶という。中国と北方民族の交易は,古来からさまざまな形で行われてきた。北アジアに産する馬・牛・羊・毛皮と中国の絹織物・穀物・鉄器が取り引きされた。しかし,唐までは互市場(関市・胡市などという)も少なく,取り引きは周辺民族の侵寇・略奪もしくは中国からの賜物という形が主流であった。とくに唐の勢力の後退と周辺民族の発展のなかで,中国をとりまく国際環境が従来と変化してくると,摩擦も増大していく傾向にあった。唐末五代の混乱を収拾した宋はこうした情況の改善をめざし,遼以後の各征服王朝と国境上の各所に互市場(権場)を設け,頻繁に交易を行うようになった。その額は宋が遼・金・西夏などの各王朝に送った歳幣よりはるかに大きかったものと思われる。互市がさかんに行われたのは宋代であるが,明代でも行われた。とくに蒙古とのあいだに互市(馬市)が開設されたが,蒙古の要求と明の対応のくいちがいもあって,さまざまな紛争をおこす一因となっていた。〔参考文献〕加藤繁「宋と金国との貿易について」史学雑誌48−1,1937
田村実造「明と蒙古との関係についての一面観−馬市を中心として−」史学雑誌51−2,1940