●五山 ごさん
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中国,禅寺の寺格で,五山・十刹・甲刹の3段階の最上位。インドの五精舎十塔にならったという。禅宗が宋代以後,士大夫階級に受容されると,官僚社会の風潮が禅界にもちこまれ,科挙試験に受かった官吏が出世していくように,禅僧も五山十刹へと転住した。五山制度が国家体制に組み込まれたのは南宋の史弥遠からである。五山とは,径山興聖万寿寺(杭州)・北山景徳霊隠寺(杭州)・太白山天童景徳寺(明州),南山浄慈報恩光孝寺(杭州)・阿育王山広利寺(明州)をさす。のち元代に金陵の大竜翔集慶寺を五山之上とした。五山が浙江省に集中しているのは,五代呉越のとき従来の教寺を禅寺に改め,南宋になると国都に近い点から政府と密接な交渉をもったことによる。この五山制度は,日本の禅林に移植され,京都と鎌倉に五山が置かれ,南禅寺は五山之上とされた。『西湖遊覧志余』には,禅院の五山十刹とともに教院の五山十刹も列記する。