●石盛 こくもり
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反あたり平均収穫量。斗代ともいう。分米(石高)測定に際し,土地の良否を上・中・下の品等に分け,坪苅りの上,たとえば上田1歩の平均収穫が籾1升とすれば1反歩籾3石,種代などの2割を減じ籾2石4斗を5合摺(ずり)として1石2斗が石盛となる。これを一つか二つ下げ,中・下田の石盛が決められる。石盛は村ごと,国ごとに異なるが,同一の場合もあった。また同一領内の村柄の品等を決め,この村柄品等により各村内の収穫量品等を決める地域も多い。近世中期以降,生産技術の向上,地味の変化により検地石盛と実際収量とのあいだに差が生じるが,定免制・有毛検見制などで余剰物を農民から収奪し,検地の石盛は変えられず,明治6年の地租改正まで続けられる。〔参考文献〕『地方凡例録』『徳川幕府県治要略』
所理喜夫『徳川将軍の権力機構』1984,吉川弘文館