●国子監 こくしかん
アジア 中華人民共和国 AD
中国,隋以後歴代の教育関係機関。晋の武帝が276年(咸寧2)に官吏養成のため国子学を設け,学校制度を整備して貴族の子弟を教育させたことに起源をもつ。隋唐は北斉,隋初の国子寺を国子監と改め,国子学・太学・四門学・律学・書学・算学の六学および広文館などの国立学校を管轄させた。つまり国子監とは直接教育を担当する学校ではなく,これを統轄する教育行政機関であった。元では蒙古国子監などがあったが,明清時代には国子学・太学・四門学を国子監へ一本化して,最高学府を兼ねさせた。その長官を祭酒という。しかし,実際に教育機関として機能することは稀で,科挙制の盛行に伴って意義を失い,政治機関・試験機関としての性格を強めた。また学生を監生というが,これも次第に特権享受の一手段にすぎなくなった。そのため1903年(光緒29)の京師大学堂の成立とともに廃止された。〔参考文献〕多賀秋五郎『唐代教育史の研究』1953,不昧堂書店