●国際連合 こくさいれんごう
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第二次世界大戦後に設立された普遍的な国際機構。国際平和と集団的安全保障を主目的としている。本部はニューヨークのマンハッタン。【成立の経過】第二次世界大戦後の国際平和機構の構想に関しては,すでに1941年のいわゆる「大西洋憲章」にその萌芽がみられるが,連合国側で公式に検討されるようになったのは1943年以降のことである。この年の10月,モスクワでアメリカ・イギリス・ソヴィエトの3カ国外相により会合がもたれ,「一般安全保障に関する4カ国宣言」が中国を加えた形で出された。これは新国際機構の樹立に関する根本原則を取り決めたものである。この宣言の趣旨にもとづき,同年11月のテヘラン会談をへて,翌1944年8月より,ワシントン郊外のダンバートン=オークスにおいてアメリカ・イギリス・ソヴィエト・中国のあいだで国際平和機構の具体化について審議が行われた。そして同年10月にはのちに成立する国連憲章の原案となった「一般的国際組織の樹立に関する提案」が発表された。ただし,この提案では安全保障理事会の表決方式および信託統治制度については未決定であった。そこで1945年のヤルタ会談で調整したうえ,同年4月より連合国全体の国際会議がサンフランシスコで開催され,6月26日には国際憲章が採択された。同年10月24日,憲章所定の批准数を得て国際連合が正式に成立することになったのである。なお,この日は記念日,“国連デー”とされている。
【目的と原則】国際連合の自的は国連憲章にもとづいて次のように定められている。第1に国際の平和と安全を維持すること。第2に諸国間の友好関係を発展させること。第3に経済的・社会的・文化的・人道的問題を解決し,人権尊重のための国際協力を促進すること。そして第4に以上の3目的を行うにあたり,諸国家間の活動の調整の中心となることである。また,国連およびその加盟国は目的達成のため,次の7原則に従って行動する。[1]加盟国の主権平等。[2]国連憲章の義務の履行。[3]平和的手段による紛争の解決。[4]すべての国に対する武力による威嚇(いかく)および武力行使の禁止。[5]国連に対する援助を惜しまない。[6]非加盟国もこれらの原則に従って行動させる。[7]内政干渉の禁止。
【加盟国】加盟国は原加盟国と新加盟国とに分かれる。原加盟国は国連憲章に調印・批准した国で,新加盟国は国連成立以後,加入した国である。また,その地位には差がない。加入条件は,国連憲章の義務を受け入れ,その義務を履行する能力および意思をもつと認められる平和愛好国であることである。新加盟の承認は安全保障理事会の勧告にもとづき,総会の決定によって行われる。加盟国は1984年9月現在,原加盟国51,新加盟国108,あわせて159カ国である。
【機構】国連の主要機関は総会・安全保障理事会・経済社会理事会・信託統治理事会・国際司法裁判所・事務局の六つで,そのほか多くの補助機関および協力機関が設けられている。総会は国連の全加盟国が各国1票をもって参加する主要審議機関である。総会の任務としては以下の四つがあげられる。[1]国際の平和と安全に関する問題の審議,さらにその紛争および事態についての勧告。[2]政治的分野での国際協力の促進。[3]国連の予算に対する審議と承認。[4]安全保障理事会の非常任理事国,経済社会理事会と信託統治理事会の理事国,国際司法裁判所裁判官,以上の選出および事務総長の任命。一般に総会は拘束力のある決定とその実施に対する権能はもっていない。しかし平和と安全の維持については1950年に採択された「平和のための結集決議」以来,武力行使を含む必要な措置をとることができるようになり,総会の機能は強化された。なお,総会においては重要問題の表決は3分の2の多数を必要とし,そのほかの問題は単純多数決によって決定される。安全保障理事会は平和と安全について主要な責任をもち,また,それに関する決定を行う権限を有する。理事会は中国・フランス・ソヴィエト・イギリス・アメリカの5常任理事国および総会によって選出される10非常任理事国からなる。各理事国は1票の投票権をもつ。一般に事項の決定は5分の3の多数を必要とし,とくに実質事項の決定に関しては常任理事国にいわゆる“拒否権”が認められている。経済社会理事会は国連関係諸機関の経済的・社会的活動を調整するための主要機関である。理事会は54カ国から構成されており,その表決は1票をもつ各理事国の単純多数決による。信託統治理事会は信託統治制度下に置かれた信託地域の施政を監督する任務をもつ。信託統治制度の目的はこれまでにほぼ達成され,それとともに理事会も縮小し,現在は5理事国のみである。理事会の表決は各1票をもつ理事国の単純多数決による。国際司法裁判所は国際司法裁判所規定にもとづき,法律的な国際紛争を審理し勧告的意見を与える常設裁判所である。また,判決の執行に際し,必要な場合には安全保障理事会において適当な措置が決定される。事務局は事務総長のもと,他の機関のための諸業務を行う機関であり,150カ国,1万6,000人を超す職員が在職している。なお,国連の予算はおもに加盟国の分担金によっており,分担金は各国の経済状態を基本に分担金委員会の助言を受けて総会で決定される。1983年12月現在,上位5カ国で全体の6割を占めている。
【活動の経過】国連が成立して以来すでに40年が経過し,この間,世界情勢の変化とともにしだいに国連も様相を異にしてきた。現在では当初の第1任務である平和維持機能よりもむしろ非政治的国際協力の面で大きな成果がみられる。[1]平和維持 平和の維持は国連最大の任務であり,大国一致の原則の上に行われている。また,主たる責任は安全保障理事会にある。しかしながら,現実には兵力供給のための特別協定が締結されず,さらに常任理事国による拒否権の行使によって過去の国際紛争で効果的な措置をとりえなかったことが少なくない。しかし1950年の「平和のための結集決議」により平和維持機能が一部総会に移された。これは国連の集団的安全保障体制における重要な変化であり,これ以降とくに大国の利害に直接関係のない紛争や地方的紛争に対し,ある程度の効果をあげることができるようになった。1956年のスエズ危機,1960年のコンゴ事件,1964年のキプロス内戦がその代表例である。
[2]国際協力 国際協力は国連の第2の任務であり,憲章においては,生活水準の向上・完全雇用・文化的教育的国際協力・人権および基本的自由の尊重と遵守,が主要な目標としてあげられている。また,総会・経済社会理事会および各種の専門機関がこの任務にあたっている。国際協力の促進において,国連はこれまでにかなりの成果をあげており,社会的経済的側面では南北問題に伴う国際開発戦略・国連環境計画による環境保護活動,国連児童基金による児童保護活動,国連難民高等弁務官事務所による難民救済事業などが注目される。人権擁護の活動では1948年に採択された「世界人権宣言」をよりどころとして人種差別の撤廃,婦人の地位の向上をめざした活動が行われている。
【国連と日本】第二次世界大戦の敗戦国であった日本は日ソ交渉成立後,1956年にようやく国連に加入することができた。日本にとって国連加入は国際社会への復帰を意味し,また,憲法において“戦争放棄”を唱えている以上,国連の集団的安全保障体制下に入ることは必要なことであった。国連加入以後,日本は急速に経済成長を遂げ,それにつれて国際社会における地位も上昇した。現在では米・ソにつぐ国連経費の分担国となり,経済社会理事会の理事国もつとめている。しかし,この結果,日本は南北問題が最も厳しい形で噴出するアジアに唯一の先進国として存在することになり,自由主義陣営とアジア・アフリカ諸国とにはさまれる微妙な立場に立つことになった。このような状況にあるがゆえに,今日なおさら日本に対して大きな責務が期待されており,また,そのような期待に十分に応えるのが日本のとるべき道であろう。
〔参考文献〕国際連合関係
明石康「国際連合」1984,岩波新書
神谷龍男「国際連合の安全保障」1975,有斐閣
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