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●国際通貨基金 こくさいつうかききん

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 International MonetarY Fund(IMF)国際通貨・国際金融の問題を調整するための国際的協力機関。1944年7月,アメリカのニューハンプシャー州ブレトン=ウッズにアメリカ・イギリスを中心に連合国側44カ国が集まり,戦後の国際経済秩序を形成するために,GATT(関税と貿易に関する一般協定),国際復興開発銀行とともに設立された。わが国は1952年(昭和27)8月に加盟。

 IMFの目的は,国際間の為替相場の安定・自由貿易のための為替制限の撤廃・加盟国の国際収支均衡のための資金供与などである。為替相場の安定に関しては,加盟国は,自国通貨の金平価を維持することを義務づけられた。が,実際にはほとんどの国は,金本位制を採用しておらず,各国は,純金1オンスを35ドルに結びつけたアメリカ=ドルとのあいだに為替平価を設定し,対ドル相場が平価比の上下1%以下となるよう固定相場制を維持させられた。いわゆる「金−ドル本位制」である。為替制限の撤廃に関しては,加盟国は,経常取引の支払いや資金移動に関する制限を行うことを禁止された。この義務を受諾している国を“8条国”戦後の過渡期において,この義務を履行しなくてもよい国を“14条国”と呼ぶ。資金供与に関しては,加盟国は,それぞれ金と自国通貨で出資割当額(クォータと呼ばれ,当初,総額90億ドルであった)を払い込み,協定を守る上で国際収支の危機に陥った場合,資金を利用することができる。クォータは各国の経済活動の水準や政治的配慮によって決定され,融資の規模,IMFを運営してゆく際の投票権数を決定する際の基準とされる。現在では,クォータは,SDR(特別引出権)で25%,自国通貨で75%が基金に払い込まれる。クォータを原資とする融資制度には,リザーブ=トランシュ・クレジット=トランシュなどがある。IMFとGATTによって,世界貿易は戦後,大幅に拡大してきた。IMFは,ドルを基軸通貨としていたが,世界貿易の拡大に応じて,国際通貨としてのドルの増加が,アメリカの国際収支赤字によってもたらされてきた。1960年代には,アメリカの金保有量が減少するとともに,ドルに対する信頼が揺るぎ,ついに,1971年8月,ニクソン大統領により,ドルと金との交換の停止が宣言された。この,いわゆる“ニクソン=ショック”は,IMF協定に違反するものであり,戦後のブレトン=ウッズ体制はここに崩壊することとなる。その後,各国は,固定相場制を離れ,変動相場制へと移行したが,同年12月の「スミソニアン合意」によって,ドルの金に対する平価切下げ(7.89%)・多国間通貨調整・為替変動幅の拡大(従来の1%から2.25%へ)が決められ,平価体系はいったんは調整され,固定相場制へ復帰したが,1973年のドル平価の再度の切下げによって,主要国通貨は再び変動相場制へと移行し,為替相場の安定・維持を目的とする旧IMF体制は,ここに完全に崩壊することとなった。

 その後,国際通貨制度改正の動きは,1974年6月の「通貨制度改革概要」にまとめられ,1976年1月にIMF協定第2次改正案が合意された(キングストン合意)。新協定によれば,それまで価値尺度とされていた金の代わりにSDRを新たに価値尺度として用い,その価値は主要16カ国の為替レートの加重平均として定められ,また,基金へのクォータ払い込みには,金を用いず,自国通貨とSDRによることとされている。さらに,当面は,自由に為替相場を選択することが許されるが,将来,平価制度導入の条件が揃った場合には,IMF総得票数の85%の多数決によって,SDR平価制度に移行できるとしている。この移行は,あくまで,将来の理想像としての規定であるが,1979年のEMS(欧州通貨制度)発足にみられるように,通貨統合の努力もまた積極的になされてきている。