●国語教育 こくごきょういく
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言語教育については,学校をその典型とする特定の場において,学習者の学習活動と指導者の指導活動との相互推進を通して,学習の目標として設定された特定の目標言語が,学習者の個人言語財へと形成されていくことであると規定することができる。【言語教育のなかでの国語教育の位置】その特定の言語のなかで,それを支える言語共同体の成員の大多数にとって唯一の主体的言語とみられるものは,母語(母国語・自国語などとも呼称)と呼ばれ,母語以外の言語は非母語言語と呼ばれる。そこで,言語教育にも,母語教育と非母語言語教育との二つの類が,大きく立てられることになる。非母語教育においては,学習と指導の主要な方法として採用される特定の言語,すなわち方法言語とも呼ばれるべき言語と,目標言語とが一致しない場合が多くみられるのに対し,母語教育においては,方法言語と目標言語との一致する場合が通例である。
日本人は,伝統的に,母語としての日本語に対する一般的呼称として「国語」を採用してきた。それと関連して,わが国では,言語教育のなかで,母語としての日本語の教育にかかわる面を「国語教育」と呼びならわしてきた。
非母語言語教育について,ウィルキンズは,その学習面に焦点をあわせつつそこに,「外国語の学習」(たとえば,イギリスにおける日本語学習など),「第二言語の学習」(たとえば,旧フランス系アフリカ諸国におけるフランス語学習,インドにおける英語学習など),「補充言語の学習」(たとえば,カナダにおける英語やフランス語の学習,ソヴィェトにおけるロシア語の学習など)の三つのタイプをあげている(ウイルキンス,天満美智子訳『言語学と語学教育』1972,研究社)。わが国における非母語言語教育についてみるとき,関係してくるのは,以上の三つのタイプのうち「外国語の学習」のみであるとみられる。日本における外国人のための日本語教育は,学習者としての外国人にとっては外国語学習となり,したがって外国語教育の枠のなかに位置づけられるべきものであるが,同時に,その指導者を含めてその学習者の目標言語の言語共同体に属する人々,すなわち日本語話者としての日本人にとっては,そこでの目標言語が国語教育の場合と共通のものである点において,国語教育に近い場所に位置づけられるものとなる。
【国語共同体と国語教育】一つの特定の言語を支える人間共同体としての言語共同体は,同じくそれぞれに人間共同体の一環をなす民族共同体・国民共同体・文化共同体・宗教共同体などとの相互的な重なり合い・補い合い・ずれ合いのなかで存立している。そこで,母語教育は,民族・国家・文化・宗教などの人間存在の基本的枠組のそれぞれと深く関連し合うことになり,実際それは,そのような各基本的枠組に関する教育面の基本的方法として機能してきたとみられる。わが国の場合,とりわけ言語・民族・国家・文化・宗教などのあいだの相互的な重なり合い・強め合いの関係が顕著に認められ,それら相互間にきわめて固いつながりが形成されてきている。母語としての日本語を支える言語共同体を国語共同体として規定するとき,その国語共同体と日本民族・日本国民・日本文化の担い手集団・日本的宗教観念の担い手集団などとのあいだに,強固な連関,深い一致が認められ,それらの相互的存立に果たした国語教育の役割が鮮やかに見出されるのである。国語を通しての日本人の形成,そしてさらには人間の形成ということが,国語教育の目的・目標の基底に据えられる所以も,そこにあるとみられる。
【国語科教育とその領域】国語教育は,学校のみならず家庭や一般社会のさまざまな場のなかで実践されてきているが,とくにそれが,小学校・中学校・高等学校などにおける一つの教科としての体制のもとに,意図的計画的な学習と指導の教育課程に従って推進される場合,教科教育としての国語教育,すなわち国語科教育が成立することになる。そのような教科としての「国語」は,幼稚園における保育領域「言語」とも深い関連をもち,さらに大学における一般教育科目「文学」や共通科目「国語」などとも発展的なつながりをもつ。
学校教科の分類については,[1]内容教科(社会科・理科など),[2]用具教科(国語科・算数数学科など),[3]表現教科(音楽科・図画工作科等)の三分法の採用される場合が多いが,国語科は,一般的に,それらのなかの[2]用具教科に位置づけられる。国語科においては,まず,すべての教科・教科外活動の学習と指導に必要とされる基礎的・道具的な言語記号の操作・使用に関する知識・技法・能力の獲得・熟達がめざされているので,国語科は,算数数学科と同じように,用具教科のなかに位置づけられることになるのであろう。それには,言語記号のもつ最も普遍的な人間の認識・行動の用具としての性格にもとづくところが大きい。さらにそれと関連して,国語科の内容領域の広さと多様さとに触れる必要がある。
西尾実は,「言語生活」を広大な全体領域としてとらえ,そこに「話す」「聞く」の地盤段階,「書く」「読む」の発展段階,「創作」「鑑賞」(文芸文化の場合)の完成段階という三つの段階を設定した。そこでは,文化としての言語生活の領域が,言語生活の全体領域のなかの完成段階として位置づけられ,文芸文化・哲学文化・科学文化の三つの文化圏がたてられている(西尾実『国語教育学の構想』1951,筑摩書房)。垣内松三の構想した「国語の力」としての「国民言語文化」も,広大な視野と雄大な展望のもとに把握された関係諸領域を包含するものであった(垣内松三『形象論序説』1937,晩翠会)。国語科の内容を構成する領域的広がりについては,言語生活領域・言語体系領域・言語文化領域とそれらの相互関係を設定することができる。言語生活領域は,言語活動の主体による「話す」「聞く」「書く」「読む」「内的言語活動」の言語活動の基本的形態に現実的な場が伴うことによって構成され,そこに多様な実際的場面が得られることになる。言語体系領域を構成するものは,まず,音声・文字・文法・語彙・談話文章・文体などの諸言語形式の諸単位とそれらの複合的,重層的な選択・結合の規約の総体であり,さらにそれらをめぐる使用・歴史・位相などに関する知識の総体である。言語文化領域を構成するものは,さまざまな文学・非文学の言語作品であり,さらには語りの様式のような言語活動様式であるが,それらは文化価値を担い,伝承と創造との二つの契機の共存的性格を備えている。以上三つの領域は,学習と指導の過程における目標設定・単元構成にかかわる3本柱,教材・カリキュラムの編成などにかかわる3本柱として相互に位置づけられることができる。
教科としての「国語」は,「小学校令改正」(1900・明治33)とそれにもとづく「小学校令施行規則」(1900・明治33)のなかで,それが小学校(尋常小学校・高等小学校)の教科目として設置されたことに由来する。小学校でそれまで一般的であった「読書」「作文」「習字」の3科が,そこで「国語」に統合され,「読ミ方」「書キ方」「綴リ方」と「言語(話シ方)」がそこに包含されることになった。中等教育の面で,たとえば中学校においては,「中学校令改正」(1899・明治32)にもとづく「中学校令施行規則」(1901・明治34)のなかで「国語及漢文」が,学科目として統合的な形で設置されている。その後,初等教育・中等教育を通じて,国語科は,主要教科・主要科目の一つとして一貫して位置づけられ,幾つかの法令上の改正やそれに伴う教育課程の構造上での整備・変遷をへて今日にいたっている。野地潤家は,近代国語教育史研究において,その研究・実践の史的展開の系譜をたどろうとするとき,[1]基礎研究の系列(「国学」を源流とするもの・「国語学」関係の流れ),[2]実践研究の系列,[3]関連・隣接部門の系列,の三つの系列をたてることが可能であると述べている(野地潤家「近代国語教育の系譜」倉澤栄吉・滑川道夫・飛田多喜雄・増淵恒吉他『近代国語教育のあゆみ1』1968,新光閣書店)。