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●国語学 こくごがく

アジア 日本 AD 

 国語,すなわち日本語を研究の対象とする科学。精神科学または文化科学に属する学で,一面において,わが国の言語,すなわち日本語が対象となるために日本学と呼ばれるなかの日本語学としてみられる。国語学の名称は,明治20年代にはじまったが,学問として確立をみたのは,言語研究のために海外留学した上田万年(かずとし)が1894年(明治27)帰朝して東京帝国大学文科大学で博言学の講座をもち,両3年後国語研究室を開設して以来のことである。国語学-国文学のように国文学と結びつけた考え方が通用し,国語科という教科の呼び習わしもあり,言語の学としての国語学の内容や目的は必ずしも正しく理解されているとはいえない。

【研究課題】過去から現在にいたるまでの言語事象に科学的考察を加えて機構と機能とを明らかにすることが目的であるが,源泉と由来について調査するためには世界の諸言語との比較対照をもとに共通点・相違点を明瞭にすることが必要である。現在の実情を精細に考察することが基盤となって由来が辿られ,また,未来へわたる予見的認識も相当に可能となる。国語政策・国語教育の上の諸問題と密接な関りをもつこととなる。過去の文献と現在の言語事象とを資料として研究するのであるが,過去の文献に2通りのものがあって入り交じっているし,現在については考えるだけでも圧倒されるほどの膨大な生きた資材の山積みがある。それだけに学問としての興趣と未来性は大きいものがあるのである。過去の2種の資料というものは,国語研究を意識しないなかで積み上げられ遺産として残されたもの,すなわち,記録と残されているあらゆる文献のこと,文学的なもの(歌謡・小説など)もあれば文学とは無縁のもの(記録として残されている文字や記号など)もある。金石文・木簡をはじめとしてあらゆる痕跡のなかの言語と関連するものは隣接諸学と提携しつつ各方面に出現してきた。かなり早い時期からそれらに関心を持った人々が出て多少の検討が加えられ,さらに悉曇(しつたん)学や南蛮渡来のキリシタン文化,さらには近世になってからの自然科学部門の流入を見るという時代的発展が初歩的ながらも成育しつつあった国語探求の推進力となった事情を軽視できない。漢字・漢文の導入からはじまった国語表記のこと,(音楽芸能方面の符号とも無縁でなかった)声点(しょうてん)による語のアクセント表記,五十音図の生成など,国内の諸方面で学究的操作は行われているのである。歌学をはじめとする諸方面の家学は,閉鎖的であったけれども,実用的方面の言語観察を徐々に詳細なものへと進め,音韻学・文法学・文字学の芽生えといえる実績を作り出した。大正・昭和と進むあいだに言語学の移入と発達とが与えた影響は大きくて,言語の共時態通時態という2面性を国語の場合に当てはめて考察を進めるようになると,国語学に近代国語学の季節が到着した。共時言語学(体系的研究・静態的研究)と通時言語学(歴史的研究・動態的研究)の方法論は,国語すなわち日本語の本質と機能を,科学的研究の名に値する方法でめざましく進捗させることとなった。1932年(昭和7)以後の橋本進吉,戦中からの時枝誠記,この両教授の連携宜しきを得て,国語学界の機運が高まった。国語学会が東大国語研究室を中心に創始をみ,会長の任も両教授が歴任された。新しい時代に即応するため,国立国語研究所が設立されたのが,1948年(昭和23)12月であったが,ここにおいて現代国語の諸分野にわたって,共同研究は一段と進展した。

 言語生活・言語文化という命名でも分かるように,広く深く,複雑に社会機構と絡み合っている言語を精密に研究する態勢が整ったといえよう。コンピュータ導入による実態・語彙調査など年を逐うて発表され討議されるにいたったことは,学の発達という点からみても喜ばしいが,何よりもコミュニケーション理論を支える立場で社会の情報社会化の傾斜を正当にリードする責めにたえてきたし,今後もその線で巨視的・微視的進展を怠らないであろう。

 社会教育・学校教育への貢献という点でも役目は重い。