●五畿七道 ごきしちどう
アジア 日本 AD
律令国家の地方行政区画をいい,五畿は都に近い五国を畿内としたことをさし,七道は五畿を除いた諸国を七区分し,その区分を道と称したことをいう。五畿は,都に近い大和・山城・河内・摂津・和泉の五国でこれを畿内と称した。七道の場合は,東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道をいい,各道別に道路を通した。この五畿七道の制は,大宝令で整備されたが,このような地方行政区画のあり方は,中国の畿内制や,畿内を五部,畿外を五方に分割する百済の五方五部の制をモデルにしたものと考えられる。なお,畿内のもともとの性格は都を防衛しようとの軍事的性格が強かったようだ。また,畿内の人々は七道に比べて,税のうち調の半分と庸が免除された。