●牛王宝印 ごおうほういん
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牛王とは仏の異称ともいい,生土(うぶすな)の2字が合わさって,それを離す際に生の下の一画が土の上に移って牛王となったともいう。王は玉と書くのを本義とするとする説もあり,山形県の羽黒山では牛玉と書く。奈良の東大寺二月堂,和歌山県の高野山および熊野三山,京都の祇園社,岩手県の中尊寺,羽黒山とともに出羽三山の一つである湯殿山の注連寺や大日坊などから出す。木版刷りの厄除けの護符でもあり,五穀成熟の守り札でもある。羽黒山も湯殿山も正月三日に牛王開眼の祈祷を修し,その翌日から彼岸に入る前日までに柳の枝にはさんで氏子や信者に配付するが,萩の枝を用いるところもあって牛玉杖と呼ぶ。図様は一様でなく,熊野や那智では神の使という75羽の烏(からす)で絵文字を書き,羽黒山では6羽の鳥と宝珠と米俵を用いる。鎌倉時代から裏を起誓文の用紙に用いた。