●広隆寺 こうりゅうじ
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国宝第1号半跏思惟像を伝える京都郊外太秦にある渡来系氏族秦氏ゆかりの寺院。秦河勝が603年(推古天皇11),聖徳太子より賜わった仏像を安置,その後河勝が太子の死を悼み,新羅・任那渡来の仏像を加えて本寺を創立,秦公寺・蜂岡寺・太秦寺など多くの寺称をもつ。弥勒菩薩半跏像は,丸彫りで仏身の一部に金箔を残し,古記録に金色弥勒菩薩像とあるものに照合され,当初の本尊と推定される。ソウル国立博物館所蔵の像と酷似し古代日韓文化文流の課題である。別の一つは樟材一木造りに漆箔を施し垂下する天衣と裳裾の1部分を皮革で制作する異色の仏像,唇の大きさとともに飛鳥後期の重要な彫刻である。平安時代の本堂内には阿弥陀如来・千手観音立像がありともに巨像。鎌倉期の桂宮院は夢殿形式の八角円堂で,鎌倉時代から盛んとなった太子信仰で知られ,また10月12日夜の牛祭でも異色の内容で,井戸信仰とともにシルクロードに源流を求める説もある。真言宗御室派。