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●康有為 こうゆうい

アジア 中華人民共和国 AD1858 清

1858〜1927 原名は祖詒。字は広廈、号は長素、広東省南海県の人。初めは同郷の朱次キ※注1※に宋学を主とする漢宋兼採の学を学び、のち陸象山・王守仁(陽明)の学に傾く。さらに四川の廖平に影響されて公羊学に転じ、『新学偽経考』(1891)・『孔子改制考』(1897)を著し、古文経書は前漢末リュウキン※注2※の偽作であると論証し、孔子の「託古改制」の意味を明らかにして変法運動とそこでの自らの役割を理論的に基礎づけた。1888年(光緒14)第1回目の上書を行うが、その政治活動が活発化するのは日清戦争後のことであり、1895年の公車上書を皮切りに強学会を組織し『強学報』を発刊した。1898年1月総理衙門に招かれて変法の所見を述ベ、同年6月総理衙門章京上行走の官を授けられ、光緒帝のもとで改革案を策した。だが実質的な成果をみずに短期間で挫折、日本に亡命した。以後はしだいに時代から取り残され、辛亥革命後は孔教を国教とすることを主張、また宣統帝の復辟運動に参加した。

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