●公民教育 こうみんきょういく
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【意義】公民教育とは公民を育成する教育,個人に市民性を形成する教育のことであるといわれる。ここで公民というのは,国または地方公共団体の公的な意思の形成に参加する資格のある者のことである。つまり参政権をもって地方公共団体および国家の構成員として,その意思決定に参加する個人が公民であって,自由・権利と責任・義務の主体である。すなわち,国政や地方自治との関連とともに,市民社会の一員として,社会生活における集団の一員としてのあるべき資質の育成も公民教育に含めて考えることが妥当である。このように考えると,公民教育は,家庭・学校・社会のそれぞれの場において展開されるとともに,個人にとっては生涯にわたって要請される性格のものということができる。たとえば,社会教育における公民館の存在とその事業はその具体例といえる。【戦前の学校における公民教育】近代市民社会の成立・発展に伴い,学校における公民教育もそれぞれの国の特色をもって展開されてきている。その際,「公民科」を設けてその教育を推進してきた国もあれば,このような教科を特設せず,「地理」「歴史」などを中心に展開してきた国もある。わが国においては,戦前の中等教育において,1901年(明治34)に「法制及経済」が設けられ,〈法制及経済に関する事項につき,国民の生活に必要なる知識を得せしむるを以て要旨とする。法制経済は,現行法規の大要及理財財政の一班を授くべし〉という性格のものとして実施された。1931年(昭和6)には,「公民科」が新設されることになり,中等教育における公民教育の中心的教科となった。この公民科のねらいについては,〈公民科は,国民の政治生活,経済生活ならびに社会生活を全うするに足るべき知徳を涵養し,殊に遵法の精神と共存共栄の本義とを会得せしめ,公共のために奉仕し,協同して事に当るの気風を養い,以て善良なる立憲自治の民たるの素地を育成することを以て要旨とす〉とされていた。この立憲自治の民たるの素地の育成という点はまさに公民教育の根本ということができる。しかしこの「公民科」も1937年の改正により,〈我が国体及国憲の本義,特に肇国の精神及び憲法発布の由来を知らしめ,以て我が国統治の根本観念の他国と異る所以を明にして,之に基きて立憲政治及地方自治の大要を会得せしめ,殊に遵法奉仕の念を涵養する〉という性格のものに変わった。すなわち,立憲政治・地方自治を理解させるにも,その前提としてわが国の特殊性を強調するという国家主義をして軍国主義における公民教育へと傾斜していったのである。そして,1943年には,「公民科」は「修身科」に吸収されてしまったのである。
【公民教育刷新の構想】戦後の公民教育は,1945年の終戦直後に,文部省内に設けられた「公民教育刷新委員会」の活躍によって第一歩が踏みだされた。この委員会は占領軍とは関係なく自主的に組織され,1945年末に二つの答申を出した。この答申の内容は,戦前の公民教育を徹底的に反省し,学校教育における公民教育の具体的方策として,〈今やわが国は文化国家,平和愛好国家として,道義の昂揚に努め,普遍的にしてしかも個性豊かな文化を創造発展して,世界の平和と人類の文化に貢献せねばならぬ。それには何よりも先づ普遍人間性の自覚に基く国際協調の精神に徹底すると共に世界の進運に心を啓き,封建的遺制を克服し,基本的人権の尊重に立って社会態勢を民主主義化し,国民生活を合理化してその安定と向上とを図らねばならぬ。公民教育の刷新が意図されるのもまさにかかる要請に基くのである〉と指摘していた。日本国憲法が成立する以前にこのような考え方が提示されていたことは,きわめて注目すべきことである。1946年10月には,「国民学校公民教師用書」と「青年学校・中等学校公民教師用書」が出された。この青年学校・中等学校においては,教室における「公民科」の学習と公民的実習(現在の特別活動など)とがあいまって,公民教育の目的を達成したいと意図されていた。また,指導法についての積極的な工夫を強調し,講義法に関しての根本的な反省,討議法の奨励,問題法・構案法などの提起がなされている。新しい公民教育のあり方が基本的な考え方とともに提起されたわけである。このような提起は,これからの学校における公民教育にとってもきわめて示唆的である。ところで,この公民教育の構想は,諸般の事情から実現せず,新しい教科としての「社会科」の成立となった。けれども,この戦後の公民教育の構想は「社会科」に継承され,「社会科」において展開されることとなった。
【「社会科」の発足と公民教育】発足当初(学習指導要領の1947年版)における「社会科」中学校第3学年の〈単元3 われわれの政治は,どのように行われているのであろうか〉の要旨として,次のようなことが述べられている。〈わが国は新憲法を制定した。その中には,主権が国民にあるということがはっきりと明示されている。この憲法の条項は,非常に重大であり,これが明示されていることは,わが国の政治的発展にとって,欠くことのできない第一歩である。しかし,憲法の原則が,単に一片の紙きれに終わらないためには,国民の日常生活の中に,これが生かされることがたいせつである。そこで,国民は,主権の意味を理解し,主権が国民にあるあり方について,理解を深めなくてはならない。……新憲法を制定したわが国民は,はじめて,自分の政治的運命を自分の手に委ねる可能性を得たのである。戦争を放棄し,基本的人権を強調した新憲法は,わが国の現状から見れば,われわれ国民のまじめな目的を表わし,国民の決意を反映している。われわれはこの憲法の原則を,できるだけ早く実際に日常生活の中に生かすように,最善をつくさなくてはならないこと。まさにわが国の歴史における重大な転換期を感慨をこめて受けとめているのであって,ここに戦後の公民教育がその基本的性格を抜本的に改めて新生の第一歩を歩みだす契機を見出すことができる。その後,「社会科」は変遷をたどるが,1969年版の中学校学習指導要領においては,社会科が政治・経済,社会的分野が公民的分野となり,公民教育と密接に関連の新しい分野が成立した。
【公民的分野における公民教育】この公民的分野は,目標の(1)において〈個人の尊厳と人権の尊重の意義,特に自由・権利と責任・義務の関係を正しく認識させて,民主主義に関する理解を深めるとともに,国民主権をになう公民として必要な基礎的教養をつちかう〉ことを基本的なねらいとして明示した。この基本的ねらいは,現行の1977年版においてもほとんど変わらず,公民的分野のかなめとなっている。また,目標の(2)では,〈家族,地域社会,国家その他の社会集団は,相互に密接に関連していること,また,個人の幸福は,社会や国家の発展と深い関係があることを認識させて,個人の役割についての理解を深め,社会や国家の発展に尽くそうとする態度を育てる〉ことが提示されている。この目標は,個人との関係を重視したもので公民教育の根底をなすものである。以下,目標(3)は現代の諸問題への対処をめぐる態度や能力について,(4)は国際理解と国際協調の精神に関して,そして(5)は公正な判断を得ようとする自主的な態度や能力について,それぞれ提示されている。次に内容としては,[1]家族生活,[2]社会生活(職業と生活,地域社会の生活,地方自治と住民,社会生活と文化),[3]経済生活(日本経済と世界経済を含む),[4]国民生活と政治(国際政治と平和を含む)の4項目が示された。また,「家族生活」の学習については分野全体の学習の導入としての役割が期待されていた。これは,「社会科」の中学校段階における公民教育のあり方を示す一例ということができる。なお,「社会科」における公民教育の発展を考えるには,幼・小・中・高一貫の立場から,政治的社会化・経済的社会化などについての研究が着実に積み上げられていくことが必要である。