●黄埔条約 こうほじょうやく
アジア 中華人民共和国 AD1844 清
1844年10月24日(道光24年9月13日)フランス全権ラグネルと清国全権耆英とのあいだに調印された清とフランスとの修好通商航海条約。広州黄埔のフランス艦上で調印された。従来フランスの中国進出はカトリック教布教に重点が置かれていたので,広州貿易には参加していたが,貿易は余り進展しなかった。しかしアヘン戦争によってイギリスと清とのあいだに南京条約,ついでこれにならってアメリカと清のあいだに望厦条約が締結されるとフランスもこれにあやかり,ラグネル全権と軍艦6隻を派遣し,これらとほぼ同様な通商条約を結んだ。内容は望厦条約をモデルとしてつくられ全36条からなるが,とくに開港地でフランス領事不在の際はほかの欧米領事により自国民財産の保護を受けられるという点と,開港場でのフランス人の刑事犯罪についてはフランス国法の適用を受けるという2点は,初めて規定されたもので,欧米諸国の連帯と不平等条約の面で注目される。