●孝文帝 こうぶんてい
アジア 中華人民共和国 AD467 南北朝時代
467〜499(皇興1〜太和23)中国,北魏の第6代皇帝(在位471〜499)。姓名は拓跋宏(元宏)。廟号は高祖。顕宗献文帝の長子。5歳で即位,490年まで祖母の太皇太后馮氏(文明皇后)が執政。その治下で,官史に俸禄を支給する俸禄制(484),土地政策である均田制(485),村落制度としての三長制(486)を施行した。親政後は,律令を改訂し,中国同化政策を推し進め,都を平城(山西省大同市)から洛陽(河南省洛陽市)へ遷した(493)。鮮卑族の胡服・胡語・胡姓をやめて中国風に改め,鮮卑族・漢族の両貴族の家格を決定して官僚に採用し,相互の通婚を奨励し,ここに北朝貴族制が完成した。反面,鮮卑族固有の質樸剛健さが失われ,帝の死後,貧賤化した鮮卑系兵士の中国同化政策に対する不満は,六鎮の乱をひきおこし,北魏滅亡の遠因となった。