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●興福寺仏頭 こうふくじぶっとう

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 奈良,興福寺蔵。1937年(昭和12)興福寺東金堂解体修理の際に発見された銅造仏頭で,像の由来が調べられた結果,山田寺講堂の本尊薬師如来像と推定された。すなわち,1180年(治承4)平重衡の進攻による兵火で東大寺・興福寺は灰燼同様となった。その後,いわゆる鎌倉復興造営が行われ,東金堂は1185年(文治1)に完成したが,本尊はじめ諸仏の造立がおくれていた。これに不満を抱いた堂衆が,僧綱・長吏に無断で1187年(文治3)3月,山田寺から金銅薬師三尊を奪取して東金堂に安置した。この経緯については,九条兼実の『玉葉』に記され,この像の造立については,678年(天武天皇7)に鋳造を始め,685年(同14)に開眼供養されたことが『上宮聖徳法王帝説』の裏書によってわかる。その後,1411年(応永18)の火災で類焼して傷々しい姿となったが,さいわいにも,この像のもつ優美な表情はよく保たれており,白鳳期金銅仏の逸品として著名である。

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