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●貢納 こうのう

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 豊臣政権の下での貢納は,百姓3分の1,地頭3分の2の公定であったが,徳川期になると,村高が年貢収納の基準として機能すべく修正された。徳川期では畝引検見取(せびきけみとり)法から,上中下の品別を統一した高率な有毛(ありげ)検見法へ変わり,享保の改革とともに定免制へと三画期が,徳川貢納制の変化である。元和期以降各領国にみられる土免制の実態や,反取(たんどり)法や厘取(りんどり)法の検討も重要な課題となる。いずれにせよ,石高制へ,年貢収納基準へ入れられ,石高制が貢納制をどのように併用するにいたっているかなど問われる課題の究明は,全体構成のなかよりあきらかにされることになろう。

〔参考文献〕中口久夫『近世初期租法の研究』(地方史研究145号)1977

大石慎三郎『享保改革の経済政策』1961,お茶の水書房