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●光仁天皇 こうにんてんのう

アジア 日本 AD708 奈良時代

 708〜781(和銅1〜天応1)天智天皇の孫。施基皇子の王子で,母は紀朝臣掾姫。49代天皇。名は白壁王。天宗高紹天皇とも諡する。739年(天平9)従四位下になり,759年(天平宝字3)に従三位,762年中納言。765年(天平神護1)藤原仲麻呂の乱征討に参加して,勲二等を受け,翌年には大納言にすすむ。初めはまったく皇位継承者として予定をうけていなかった。770年称徳天皇没後,皇太子となり,道鏡を下野国薬師寺別当へ左遷追放する令旨を出し藤原永手・藤原百川らと力をあわせて道鏡政権の打倒に成功したこともあり,その擁立をうけて,770年即位。称徳天皇のときの仏教依存の政策を改めて,神祇信仰と山岳信仰の尊重を打ち出し「宝亀」と改元している。そのあと,宮廷改革に着手し,井上内親王を皇后にし,他戸親王を皇太子としたが,まもなく両者を廃立して,翌年,山部王(桓武天皇)を皇太子とする。桓武新政への橋渡し的存在でもあった。陵墓は奈良市日笠町の田原東陵。

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