●江南 こうなん
アジア 中華人民共和国 AD
本来,江すなわち揚子江(長江)以南をさす語であるが,一般には,広く揚子江沿岸地域も含めて漠然とさすことが多い。この地域は,『史記』貨殖列伝に〈地広く人稀れにして,火耕水耨す〉とあるように,人口密度が稀薄で原始農法が行われていたが,三国の呉(222〜280)以後急速に開発され,隋・唐時代には華北中原とほぼ対等となり,宋代に入ると,水稲栽培が著しく発達して生産力を高めたので,経済はもとより文化の面でも華北をしのぐようになった。また,明・清時代には,揚子江下流のデルタ地帯,なかでも蘇州・杭州などを中心に絹織物が商品生産を目的に発達するなど,中国でも最も先進的な経済地域に成長した。中国史は,漢代まで華北中原を中心に展開されたが,三国の呉の時代から江南が新たに歴史の舞台として登場し,六朝(呉・東晋・宋・斉・梁・陳)時代(220〜589)は,代々江南をおもな舞台として興亡が繰り返された。
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