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●幸徳秋水 こうとくしゅうすい

アジア 日本 AD1871 明治時代

 1871〜1911(明治4〜明治44)社会主義者。本名伝次郎。高知県の出身。1887年上京して林有造の書生となったが,同年12月保安条例で退去を命ぜられ帰郷。翌年再び上京し,途中大阪にとどまり中江兆民の学僕となる。秋水の号は兆民の命名。1898年「万朝報」に入社,名文家として知られる。社会主義研究会に参加し,社会主義者としての活動がはじまる。翌年片山潜らと普通選挙期成同盟会に参加。1901年5月社会民主党を結成し発起人となったが,届出の翌日禁止された。同年『廿世紀之怪物帝国主義』を刊行。「万朝報」の理想団に参加。田中正造の依頼で足尾鉱毒事件についての天皇への直訴状を起草。日露戦争中,堺利彦らと「平民新聞」を発行して非戦論を鼓舞。1905年渡米し,無政府主義に傾倒。翌年帰国後は,日本社会党第2回大会で直接行動論を主張して田添鉄二・片山潜らの議会政策論と対立。1910年大逆事件の首謀者として翌年1月死刑に処せられた。絶筆『基督抹殺論』。

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