●交通文化 こうつうぶんか
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【交通と人間】動物や鳥にとって,身体のかなりの部分を占める四肢のすべてが移動のための交通器官に使われている。ところが人類だけが2本の足で立ち上がり,作業する手を交通手段から解放した。動物と人間との分かれ道はここから始まる。さらに人間は足に代わるものとして駄獣・舟・車・汽車・飛行機といった交通文化を発明して足も交通手段から解放した。このため,生物の生活と富の源泉である空間・生活圏・行動圏は交通機関の発達に伴って人類のみが異常に拡大することができた。さらに人間は,空間克服の手段としての交通を通して,地域の構造を改変し,時間的隔離をも克服してきた。かくて動物には「移動」はできてもこの意味の「交通」はない。このようにして交通は人間を動物から区別する確かな尺度,人間社会発展の原動力となってきた。もはや現代社会は交通を認識し,これを積極的に活用しなければ生きていけない時代となった。これを交通文化社会ということができる。現代人は,生活の基本条件の衣食住に足を加えねば生活が成り立たなくなってきた。最近では足が第1条件とさえなってきた。大都市の郊外や近県にいくら近代的住宅団地をつくっても,足の便がなければ「下駄なし団地」として批判される。人は機能的な昼間人口になるためには,夜間人口に足を加えねばならない。逆に昼間人口から足を引かねば夜間人口に戻れない。このように現代社会は足という交通を介しての方程式で成り立つ社会となっている。したがってある国,ある地域社会の経済発展や活力の程度は,その媒体としての交通の程度を測れば知ることができる。たとえばその国の人々の動いているスピード,駄獣か,自転車か,鉄道か自動車かといった経済速度もその指標となりうる。個人についても,交通支出の家計に占める割合(交通エンゲル係数)が高い人ほど,より高級文化人・経済人といいうる。この点で世界では米国人の係数が一番高く,活力ある国になっている。国家についても交通投資の交通エンゲル係数の程度で,その国の国力や発達段階を知りうる。各国や地域の交通文化はその自然環境の影響を強く受けて決定される。砂漠ではラクダが,ヒマラヤでは駄獣が,シベリアではトナカイが,島国では小舟が交通に利用される。わが国は山国で,周囲が海に囲まれているので,明治以前は陸上交通機関はほとんど発達せず,物資輸送は海上交通と河川交通でまかなってきた。このように交通文化の地域パターンはその国土の自然環境に強く制約されてきた。【道と文化】道は動物にはない人間のみのいとなみで文化の所産である。道を歩くことが人間の基本的な姿勢である。歩くことは健康の源泉であり,人間関係・情報交流・物資獲得の手段であり,移動による視覚の変化を楽しめるので,歩行こそ享楽の源泉でもある,つまり人間にとって歩くことは本質的に楽しいのである。ところが現代人は歩く道を失い,歩くことを忘れてしまった。とくに大都会でははなはだしい。人間が歩けなくなった町は,もはや人間の町ではない。日本では古来,道といえば人間が歩くためのもので,物資の輸送は河川や海上交通にまかせた。都市のなかの道も,東海道・山陽道も物が流れる道ではなかった。まして自動車のような機械が高速で通り過ぎる道路など道の概念にはなかった。明治になって道を荷車や馬車が通るようになっても,その速度は歩行と同居できる速さで人間に襲いかかるようなことはなかった。平野のなかの町の分布は,人が苦痛なく歩ける間隔をおいて発生している。東海道五十三次も歩行の1日のリズムに従って宿場が立地している。また文化は道に沿って展開するので街道ごとに特殊な文化圏を構成した。山陰道文化・山陽道文化・西海道文化などがこれである。一度生まれた街道の文化は歩行が中心であるから,その土地の風土と一体となって,いつまでも一種独得の個性的な地方色をかもしだす。だから私たちは木曾路・信濃路・越後路とか奥の細道とかの道の名を挙げただけで,はるかなる郷愁を覚えるものである。ヨーロッパは土地が平坦で,地質が硬く,早くから馬車が発達したが,わが国では陸上を車を回転させて進む交通機関をまったく知らなかった。大衆交通機関として初めて登場した江戸時代のカゴは,二人で一人しか運べない世界で最も原始的な不能率な乗り物であった。明治になって発明された大きな車輪の人力車でも車夫一人で一人の客しか運べぬ悠長なものであった。明治の初め,パリの万国博覧会にこの人力車をわが国代表的な発明品として得意になって出品したのだから滑稽である。それほど日本という国は陸上の乗り物文化というものをまったく知らなかった珍しい国である。
【文明の進歩と交通】交通人間としての人類が,交通機関に求めるものは,より早くspeedY,より確実steadY,より安全safetYの3Sである。さらにより快適に,より高く,より遠く,より大量に,より安くである。この人間のあくなき願望に従って交通文明は日進月歩である。文明の進歩とは交通機関の進歩といっても過言ではない。そして新しい交通機関が生まれるたびに人間社会は飛躍的に発展する。交通は空間と時間を同時に克服するからである。人間の空間への夢は陸上から海上ヘ,さらに大空ヘ,宇宙へと拡大してきた。陸上でも馬車から鉄道ヘ,さらに自動車と交通革命がおこるたびに,地域革命がおこり,これが社会生活を革命的に変革してきた。日本でも鉄道の採用で河川交通は衰退し,日本列島の鉄道交通独占時代がつづいた。鉄道交通の利便な所の都市のみ発達し,都市文化が形成された。汽笛一声新橋を発車した鉄道文化は,文明開化のシンボルとして明治時代の日本の文化の推進役を果たした。戦後になって自動車交通の爆発的発展は国土の地域構造と国民生活を根本的に変革した。このため鉄道は都市電鉄を除いて斜陽化し,自動車は道のある所山村僻地にまで入り込み,地域交通の主役になった。鉄道が公共サイドの乗り物なのに対して自動車は個人サイドの乗り物として,国民の足は,鉄道の時刻表から解放されて自由になった。急激なモータリゼーションは,事故・公害・交通マヒなどのさまざまの矛盾を発生しながも,とどまることなく今日の生活の近代化の主役を果たしてきた。日本は明らかに鉄道文化から自動車文化の時代に入ったのである。昭和30年代に入って遠距離交通の主役に航空機が登場し,再び,日本列島の地域構造が革命的にぬりかえられようとしている。空の交通はプロペラからジェット機ヘ,さらにジャンボとあっというまに3段階の進歩をとげた。この航空革命に応じて空港建設が対応し,これが地域革命をもたらしてきた。日本は空から国土の地図がぬりかえられようとしている。東京を中心として全国土がだいたい1〜2時間の時間圏に組み込まれてしまった。地方に空港さえつくれば全国を1〜2時間に引き寄せることができるのである。離島や僻地も空港をもつことにより,遠い近いの距離感から解放されるときがきた。航空の発達は産業立地や地方意識をかえ,国民の観光行動にも大変革をもたらした。航空交通も新しい日本の文化として定着しようとしている。次に大都市交通において日本の都市が毎日の大量の通勤・通学交通をさばいてこられたのは大量輸送機関の鉄道が完備しているからである。国電と私鉄が朝晩のラッシュ=アワーを大量に処理して都市の活動を支えている。これが日本の都市の活気であり,環状線と放射線との結節点には副都心が形成され,一大ターミナル文化を繁栄させている。これに対して欧米の大都市は個人主義的な自動車交通を中心として発達しているので,日本のようなターミナル文化は育っていない。地下鉄は発達しているが,地下鉄ではターミナルが地上に形成されない。日本の大都市の郊外は都市交通が先導し,駅を中心として住宅街が形成されてゆく,いわば「鉄道郊外」なのに米国では自動車によって郊外が果てしなく周辺にひろがってゆく。これを「自動車郊外」ということができる。ロサンジェルスがその典型的な例である。
【風土と文化としての新幹線】〈狭い日本,そんなに急いでどこへ行く〉という名文句がある。日本は狭い国土だから,高速道路だ新幹線だとそんなに速い交通機関をつくって急いでゆく必要がないというのである。スピード文明との行き過ぎを反省することばとしてよい教訓になる。それにもかかわらず日本は南北に新幹線をはりめぐらし,航空網を充実して,より早く到達せねばならない。なぜかといえば,日本は狭い国というより「長い国」だからである。南北を接近させ,地方の人々の「都に上りたい」という夢は日本民族1,000年の悲願なのである。世界的な,鉄道斜陽化のなかで時速250kmの新幹線が世界にさきがけて日本に出現したのは,国鉄技術陣の努力というより,南北狭長の風土性と都に上りたいという民族性の叫びが結集しての成果なのである。新幹線は全長400mもある世界最長の交通機関である。3,000kmの棒状列島で,鉛筆の芯のような棒状交通機関が生まれるのは自然の生態である。大部分の人口は海岸線に沿って線状に張りついている。だからこれを貫く1本の線状の機関があればだいたい間に合い,人々は安く効率よく便利に接触交渉できる。日本は線状のリニア文化の国だといってよい。これに対して自動車はどの方向にも行けるのでアメリカやフランスのようなまるみのある国土に最適であった。日本は古代から交通手段は個人が所有すべきでなく,お上(かみ)がやる公共的なものという思想が定着していた。戦前まで日本にはマイカゴもマイ人力車もマイカーという概念もなかった。個人が勝手に交通機関をもって動き回るより,公共の専門家が一手に運営したほうが日本のような平野の乏しい狭い国ではずっと効率がよい。かくて,交通の分業化が行われ,より高い技術の専門家が生まれ,多くの民衆の利用に供され,ついに鉄道は新幹線文明にまで到達した。新幹線はオール国産で,戦後日本を主張できる目玉商品である。新幹線が走りだし東海道・山陽メガロポリスが形成され,戦後は終わり,日本の発展を推進したのである。新幹線は日本の特殊な風土と国民性が生んだ文化の所産である。新幹線こそ世界に誇るべき戦後昭和の偉業であり,子孫に対しても現代を主張しうるに十分なものである。