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●郷村制 ごうそんせい

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 日本近世の村落制度をさすが,その起源は中世後期における荘園制の解体遇程で形成された農民の自治的・地域的村落結合である惣・惣村・惣中に求められる。13世紀末ごろから畿内とその周辺では,荘園制の下で農民の成長が進み,彼らは有力名主(みょうしゅ)や上層農民を中心に,惣・惣中などの自治的組織を形成した。惣・惣中は,荘官・地頭などが握っていた用水・入会・市場などの管理機能を実質的に手中にし,さらに荘園年貢の請負も行うようになった。戦国時代には,惣・惣中のような村落結合は全国各地に現れ,地域的生産共同体としての性格をつよめ,さらに村落自治の機能を果たし,有力農民の小領主化の基盤ともなった。16世紀末,豊臣政権検地刀狩・村切(むらぎり)の政策によって農民の武装を解除し,小領主化していた上層農民を家臣団に編入して村落から分離し,農民支配の単位として村落を把握するにいたった。江戸幕府豊臣政権の農村政策を基本的に継承し,検地・村切で確定された村落を農民支配の基本とし,村落にとどまった上層農民の一部を名主(なぬし)・庄屋などの村役人とし,他の農民を本百姓とし,年貢・夫役(ぶやく)を村単位に負担させた。こうして郷村制は確立し,江戸幕府の法令にも「郷村」という語が出現する。

〔参考文献〕松本新八郎「郷村制の成立」『中世社会の研究』1956,東京大学出版会

石田善人「郷村制の形成」『岩波講座日本歴史』中世41963,岩波書店