●黄宗荐 こうそうぎ
アジア 中華人民共和国 AD1610 明
1610〜95浙江省余姚県の人。字は太沖,号は梨州,南雷先生ともいう。父尊素が東林党の弾圧に遭い獄死したことから,東林党人と交渉をもち,政治的傾向の強い復社に参加した。1644年(崇禎17)明が滅ぶと,郷里の子弟を糾合して世忠営を組織し,魯王に従い清に抵抗した。清になって博学鴻詞科に薦挙されたが辞し,以後はもっぱら学問的著述に従った。ただ「明史」編さんには,殉難諸公の表彰のため子弟を送って協力した。学問的には劉宗周を師としたが,陽明末流の空疎な学問には批判的で,実践を尊び事実に即した学問を主張した。その政治思想は東林党および復社の影響が大きく,封建的思想・制度に対する鋭い批判をもち,啓蒙期の思想家にも比せられる。その学問は哲学・史学・天文学・数学などの各分野にわたり,清朝の学問に大きな影響を及ぼした。『明夷待訪録』『明儒学案』などの著書がある。
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