●抗租 こうそ
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地主・佃戸制の発達に伴う,地主に対抗した佃租の支払い拒否を核とする,佃戸の体制内経済的条件闘争である。広い意味では,生活のためのやむをえぬ佃租未払い(欠租)や滞納(逋租)をも含めて抗租という。宋代から公権力の介入に対して散発的にみられたが,地主・佃戸の本質的な緊張関係としては現象化しなかった。明末になると,商品生産や貨幣流通の進展に伴って,佃戸経営の自立性は高まり,一方大土地所有の展開と寄生地主制の展開は,地主を直接生産過程から切り離し,佃戸に対する労働収奪が具体的かつ量計的な形で行われるようになった。このため,従来隠蔽されていた収奪部分までが表面化するとともに,佃戸の副業に介入する商業資本の経済的圧迫までもことごとく地主と佃戸の緊張関係に転嫁され,江南・福建などの経済先進地域を中心とする華南沿海部に抗租の風潮が盛んにみられるようになった。寄生地主制の普遍化,佃戸の税糧負担による土地に対する権利意識の成立,あるいは一田両主制下の耕作権の確立などにより,清代になると抗租の風潮は華南内陸部まで拡大し,その闘争形態も,胥吏などと結んで条件改善の貫徹をはかるものや,公権力の仲裁を期待した裁判闘争的側面をもつものが出現した。公権力を代表する官僚は,地主と利害を共有する立場であったから,1727年の抗租禁令のように,地主側に立って緊張関係の緩和に介入した。抗租闘争は,必然的に体制内闘争とならざるをえなかったが,秘密宗教結社や無頼などとの結合による外的要因で,非日常的な反体制武力蜂起に変容をとげる場合も時々はみられた。