●上野 こうずけ
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現在の群馬県をさす旧国名。毛野国(けぬのくに)が分かれて,上毛野(かみつけぬ)となり,和銅年間,表記が上野に改められてのち“こうずけ”の訓みが一般化した。国府のあった群馬郡以下14郡からなり田数3万6,960町歩余(『和名抄』)の大国であった。また,多数の古墳・古碑があり,古代東国の政治的中心であった。中世には,新田氏が勢力を振い,とくに,新田義貞は鎌倉北条氏を滅ぼして“建武の中興”に功をたてた。室町期になると,関東管領上杉氏の支配下に入ったが,上杉氏分裂後政情不安定となり,16世紀中ごろからは,越後上杉・甲斐武田・小田原北条三氏の係争地となった。江戸時代には,前橋・高崎・館林など諸藩が分立,また,そのあいだに幕領が散在し,これを統括する郡代が岩鼻に置かれた。元禄期の総石高59万1,000石余,村数1,213。古くから絹織物業が盛んで,江戸後期には,桐生を中心とする機業地が西陣を凌ぐ繁栄を示し,また,農間余業の養蚕・製糸業も幕末開港以後急速に発展,群馬の主要物産となった。上野国全域を含む現在の群馬県は1876年(明治9)に成立した。