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●洪水神話 こうずいしんわ

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 洪水について語る神話の総称。その内容はきわめて多様で,概括することが困難なほどであるが,なんらかの形で洪水が登場する神話や伝説が世界各地の諸民族に広く見られる。たとえば,イギリスの進化論的人類学者J.フレーザーは,『旧約聖書のフォークロア』のなかで,世界各地の洪水伝説を集成し,それらの多くは,その起源を実際におきた洪水に求められるとした。洪水神話は,松村武雄によれば,旧約聖書のノアの洪水にみられるように,人類が堕落したので神が罰として洪水をひきおこしたもの,中国神話にみられる禹による治水のように,洪水そのものより治水に重点をおいたものなどに分けられるという。

【日本の洪水伝説】日本にも,洪水伝説の範ちゅうに入ると思われるものがいくつか見られる。たとえば,東北地方では“白髭水”と呼ばれる伝説が広く聞かれる。これは,大洪水がおきた際に,白髪白髭の老人が木の根などに乗って下って作ったなどというもので,青森県の南部地方では鎌倉時代に白髭水という洪水があり,〈白い髭をなびかせた翁なり〉と名のって,丸太に乗って来たといい,後に白髭の大神として祀られたという。逆に,秋田県雄勝郡雄勝町にある白髯大明神については,次のような話がある。大明神が熱心な信者に洪水があるとお告げをし,大明神の使いの狐が騒いだが,これを信じないで避難しなかった者は洪水に流されたという。また,津波のために兄妹二人を除く人間がすべて滅び,兄と妹が夫婦となり人間の始祖になったという説話が各地の島に伝わっている。沖縄の鳩間島では,昔大津波襲い,兄妹だけが島の高いところに逃げて助かった。津波が引いた後,二人が神様に導かれて坂道を里に下るとき,先を歩いていた妹がつまずき次に兄がつまずいて妹の上に倒れて二人は結ばれ,以後子孫が増えたという。

【世界の洪水伝説】旧約聖書の創世記に語られるノアの洪水はあまりに有名である。既出のように,この洪水は「地の上でその道を乱した」ところの「すべての人を絶やそうと決心した」神の意志によりひきおこされたものであるとされる。しかし,つねに神とともにあった全き人であるノアは,神から契約を結ばされ,箱舟の造り方を教えられ,これに一つがいの動物たちと乗船することで洪水による滅びから逸かれる。そして新たに子孫を生み育ててゆく。洪水の様子は,ノア600歳の2月17日に始まって40日40夜の間降りつづいた雨による洪水が,〈40日のあいだ地上にみなぎった〉といい,その後だんだんと水は引き,とうとうノア601歳の1月1日になって,〈地の上の水はかれた〉とされる。そして2月27日に地は全く渇き,この日にノアは,神から地へ降りることを命じられたのである。ギリシア神話の洪水伝説も同工。人間が増えてくると,神々を崇拝せずに悪を行う者が目立ってきた。この様子にあきれたゼウスは,ひとおもいに人間を滅ぼしてしまえと考え,大洪水をおこすことにした。ゼウスの弟で海の神ポセイドンもこれに協力し,この洪水によって人間は死に絶えたが,ただ一組の夫婦,すなわちプロメテウスの息子デウカリオンと,エピメテウス=パンドラの娘ピュラーは洪水による死から逸れた。神々を敬うテッカリアの王デウカリオンは,予知力のある父のプロメテウスから洪水のことを知らされ,箱舟を造り,動物一つがいずつを乗せて,洪水を逸れることができたのである。彼らは女神テミスに教えられた方法により,次々に人間を生み出していく。

 中国の洪水伝説は,小民族がそれぞれ伝えているが,とくに史記の夏本紀第二に記された禹の治水は名高い。それによると,尭帝の代に始まる洪水は被害甚大で,(こん)が治水工事を命じられたものの9年たっても完成せず,次の舜帝の代に,の子の禹が工事を継承し13年のあいだ,死にもの狂いで働いて水路造り,開拓・道路・堤防・測量を完成し,国を拓くという内容。

〔参考文献〕J.G.フレイザー,星野徹訳『洪水伝説』1975,国文社