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●庚申講 こうしんこう

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 庚申信仰の一形式。庚申信仰は,まれに個人や家族だけでやる場合があるが,講形式の場合が圧倒的に多い。そのやり方は,場所によってまちまちだが,17〜19世紀ごろには,庚申日の夕刻ごろから,仲間すなわち講中がヤド(頭家)に集まって入浴そのほかの潔斎をして身を浄め,簡単な祭祀をしたのち,飲食をともにしながらさまざまな話や娯楽をして楽しみ,深更か夜明けに解散するのが一般的であった。このような集まりは,今日ではふつう庚申待と呼ばれているが,祭祀や深更までヤドにいる庚申待と,講中の共同飲食や雑談会である庚申講とは区別すべきである。庚申講が仏教の“講会”からでた名称であるのはもちろんだが,庚申講中の集まりをこう呼びだした時期は不明である。しかし,佐賀県塩田町南大草野所在の1573年(天正1)3月造立の庚申塔にみえるから,16世紀ごろからのことだろう。970年(天禄1)の慈恩会を呼んだ庚申講とは無関係。

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