50音順    検 索

●耕織図 こうしょくず

AD耕織図 耕織図

 中国南宋の於潜県令のロウトウ※注1※が自ら農村をあるいて当時の農村の様子をまとめ,高宗に献じたもの。耕図21,織図24からなり詩を付していた。1210年(嘉定3)に二人の孫によって石に刻されたが現存していない。現在最もよく知られているのは『佩文斎耕織図』であり,清の康煕帝が焦秉貞に命じてロウトウ※注1※の絵を模写させ,これに自らの七言詩,ロウトウ※注1※の五言詩を挿入して,1769年(乾隆34)に刊行したものである。つぎの雍正帝は自分の似顔と五言詩を入れた耕織図をつくり,次の乾隆帝は焦氏耕織図に康煕・雍正・乾隆三帝の詩をのせたものを刊行した。これらは耕織図の重要性を示すが,同時に歴代王朝の農業重視の政策を示すものでもあろう。

〔参考文献〕大谷健夫『「耕織図」について』書香141,1942

米沢嘉圃『中国絵画における庶民』東洋文化2,1950

天野元之助『中国農業史研究』1962,御茶の水書房

00