●工場法 こうじょうほう
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わが国最初の本格的な労働保護法(1911・明治44公布,1926・大正5施行)。明治政府官僚の主導のもとに成立。すなわち,日清戦争後確立した産業資本,とくに繊維産業のもとでの女子・年少労働者の状態は悲惨であり,労働くいつぶし的事態が進行していた。これを放置すれば,十全な労働力の確保が困難になるばかりでなく,支配体制の崩壊を招きかねない社会運動の発生・発展が避けられない。ここに官僚たちが工場法の制定の必要を認めた根本の理由がある。同法制定準備は長期にわたり,この間使用者側からの要求に妥協を重ねつつようやく成立をみたものである。同法は,業種を問わず工場労働者の労働時間等を規制し,監督にあたる工場監督官を設けるなど,わが国初の本格的労働保護法である。が,強力な労働運動不在のまま制定された同法の内容は貧弱で慈恵的性格が強い(従業員数15人以上の工場の女子・年少者のみが保護対象で,法定実労働時間は11時間など)。その後,微温的改善が施された。