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●高昌 こうしょう

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国の天山山脈の東部南麓のトルファン盆地に5世紀から7世紀にかけて栄えたオアシス都市国家。ここには古くから車師前国があり,交河城(ヤール=ホト遺跡)を都にしていたが,前2世紀ごろ,漢はここから匈奴の勢力を退け,高昌壁(カラ=ホージョ遺跡)に屯田を営み,戊己(ぼき)校尉をおいて,西域経営の前進基地とした。ここがのちには高昌城と呼ばれ,交通の要衝地でもあったので,漢人の子孫が土着したり,中国本土から移民が流入したりして,4世紀には一大勢力を形成した。この漢人集団は,450年,車師国をたおし,トルファン盆地一帯に高昌国を建てた。最初の王沮渠(そきょ)氏は匈奴系であったが,以後は漢人系のカン※注1※氏・張氏・馬氏に王位がひきつがれ,498年,麹嘉(きくか)が国人に推されて王位について以来,彼の子孫が140年余にわたって高昌国に君臨した。高昌国は中国風の元号をたて,中国風の官制を採用し,漢字・漢文が公用とされていた。土着民はイラン系の民族が多数を占め,その風俗もイラン風であったが,宗教ではゾロアスター教のほかに,仏教が隆盛をきわめ,また儒教あるいは中国の民間信仰の要素もみいだされる。イランなど西方色の強いタリム盆地の諸国にくらべて,高昌国は中国色の濃厚であるところに著しい特色があり,東トルキスタンにおける漢人植民国家とみなされている。

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