●康勝 こうしょう
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生没年不詳。鎌倉時代の仏師。著名な仏師運慶の実子。大仏師法橋康勝。一説に1294年(永仁2)9月の没年を伝え,法眼とも法印とも伝えるが確証なし。1237年(嘉禎3)11月に,仏師康清が父康勝の霊を弔っているので,それ以前の卒年が推定される。1198年(建久9)ごろ,父運慶に従い兄湛慶ら4兄弟で東寺の仁王および二天像を制作。ついで1208年(承元2)の典福寺北円堂諸尊の造顕と1223年(貞応2)4月,高山寺に移された地蔵十輸院諸尊の造顕ではともに四天王像のなかの北方多聞天像を担当した。また1231年(寛喜3)3月から翌年(貞永1)8月にかけて,銅工平国友とともに法隆寺金堂の銅造阿弥陀三尊像(現存,像高63.6m)を制作し,ついで1233年(天福1)10月には,東寺の弘法大師像(現存,像高83cm)を造立した。また年代不詳なるも「僧康勝」の銘がある六波羅蜜寺空也上人像(現存,像高117.6cm)は彼の傑作として著名な作品である。