●広州湾 こうしゅうわん
アジア 中華人民共和国 AD
中国,広東省南部,雷州半島北東の湾。現在では東海島以北を湛江湾,以南を雷州湾と呼ぶ。湛江湾は水深10mほどで,湛江市は約30万人の人口をもち,漁業および東南アジア方面との貿易の一中心地となっている。古くは無名であったが,南宋末元初の1278年(至元15),8代皇帝端宗が元軍の攻撃から逃れるべく占城にくだろうとして果たせず,ここで駐屯中に没したことで史書に登場するくらいだった。清末,フランスがフランス領インドシナ連邦を成立させ,やがて広州湾を占領するにいたって注目された。これは雲南方面での鉄道や鉱山の利権獲得に絡んでおり,海南島やトンキン(首府ハノイ)隣接地の列強への不割譲を清朝に承認させて,1899年(光緒25)99年期限でフランスの租借地となった。範囲は沿岸や島々2,000平方km以上にわたり,インドシナ総督支配下に自由貿易港となっていった。のち,ワシントン会議で還付声明が出されたが,返還は1945年8月となった。