●甲州道中 こうしゅうどうちゅう
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別名,甲州街道ともいう。江戸時代の五街道の一つ。江戸日本橋・内藤新宿(当初は高井戸)から甲府をへて下諏訪にいたり,中山道と合流する。路線に一部変更があるが国道20号線。宿駅は新宿より石和にいたる38宿とその延長の韮崎・上諏訪間の6宿と合わせて44宿53里2丁,このほか宿数には異説がある。この道中を通る参勤交代の大名は高島・高遠藩などでいずれも小藩ばかりである。もともと甲州街道は,甲府へいくための街道で,甲府は徳川政権にとって周辺防衛の経済的・政治的・軍事的拠点として重要視されていた。しかしほかの五街道に比較すると交通量は少なく,小仏峠と鶴瀬には関所が設けられている。はじめは高井戸に宿があったが,のち1697年(元禄10)に内藤新宿に宿駅がもうけられた。この街道は半蔵門・追分・新宿・調布・八王子・甲府・富士見峠をつなげており,江戸から西へまっすぐいく道で富士を眺めつつ歩く街道であった。甲斐武田の遺臣が江戸幕府に多いこと,その技術そのほかによって支えられていたことともかかわる。
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