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●広州 こうしゅう

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国の広東省の省都。カントンは外国人の呼び方。珠江三角洲の北端に位置し,市街は珠江両岸にまたがる。中国南部の玄関として,航路・鉄道・道路網が発達しており,広東・広西・貴州・湖南・江西方面から物資が集まり,対外貿易も中国第3位を占める(ただし香港との取引が90%)。漁業や水運業に従事する蛋民も多く,約30万人いる。また,軽・重工業が発達して近代化が進む一方,中山大学・華南工学院などの学術機関,鎮海楼(博物館)や大図書館なども集まり,文化都市でもある。漢の武帝以来漢民族が移住し,三国時代の呉のとき広州の名で呼ばれた。唐・宋時代から貿易港として栄え,市舶司が設けられ,アラビア商人が多数来航し,在留外人は10万人にのぼったという。五代の南漢の首都。北宋時代は中国第1位の商港だったが,南宋・元のとき泉州にその地位を譲った。対外貿易は清代の海禁策で1757年(乾隆22)に広州のみに貿易港が限られ,粤海関の監督のもとに広東十三行という特許商人が活躍,独占的繁栄を誇った。しかし,南京条約後は上海や香港に貿易の中心が移ってしまった。アヘン戦争期の平英団事件の地としても有名で,近代中国の革命運動の原点となった。清末の三合会興中会の活動基盤であり,辛亥革命後,孫文が段祺瑞に対抗して広東軍政府を組織して以来,国民革命期にしばしば国民党の勢力立て直しの地となった。さらに蒋介石の反共クーデタに対抗して1927年(民国16)12月に中国共産党指導による広州コミューン(広州公社)もおこった。黄花崗72烈士墓・広州公社烈士陵園や,毛沢東による農民運動講習所跡などがある。